から

@kai_mutterの二次創作置き場

オタクが常にジャンルを反復横跳びしてる

アンドロイド・ハートビート
・アンドロイドなブルーノちゃん。
#ブル遊

 ここだよ、とブルーノが指差した場所は、人間が心臓を隠している場所だった。ぬくもりを通わす皮膚(そう皮膚だ、人工的であっても皮膚なのだ)の奥には、俺達が持っている肉の塊とは異なる核があるのだそうだ。
「電池の大きさはこれくらい、子供の心臓くらいかな」
 ブルーノは両手の親指と人差し指で小さな円を作った。それから「厚みはこれくらい」と左手のそれらで二センチほどの幅を表現する。そんなに薄くて小さいものが、こんなに大きな彼を動かしているのかと思うと、俺の中の技術者としての興味がふつふつと沸き立った。同時にあっけらかんと話すブルーノに対して若干の悲哀を抱いた。同情は自分が人間であるという事実からきていることは分かっていたが、それでもブルーノが余りにも自然に話すので、堪らず俺は出し抜けに思い切り彼を抱き締めた。
「わ、」
 うぶ、と押し込められた声が上がる。こんな行為はブルーノにとって大した意味を成さないだろう。俺は彼を抱き締めることで、相手への恋慕から生まれる胸を掻き毟るほどの苦しみを分かち合おうとしている。見えずに触れられない感情というあやふやなものを固形物に仕立て上げて、ほら御覧とばかりに見せようとしているのだ。すぐに消え失せてしまう砂の城のように脆いものを。そんな自分勝手で独りよがりな行動へと至らしめるのは、ブルーノの『人間らしい』言葉や仕草が、まさに『人間』のものだから。
 ブルーノが涙を流す時や、怒りを露わにする時、喜びに飛び上がる時も、全てが機械の域をとうに超越している。彼と俺達との間に、果たしてどんな線が引かれている?
 ブルーノの左胸、中心の近くの上に右手を重ねた。彼の表情は俺が抱え込んでいる所為で見えないが、きっと少しばかり驚いた顔でいるだろう。そうして彼の耳には、俺のどっどっというけたたましい鼓動が響いていることだろう。
「遊星、ボクには脈は無いんだよ」
「確かに脈は無い」
「じゃあ如何してそんなところに掌を置いてるの?」
 抑揚のない声が、俺の心臓に被った皮をびりびりと振動させた。
「人間の定義は心臓の震えだけじゃない」
 ブルーノの心が震える度に、俺の鼓動と共振するんだ。畳む
世界のしくみ
#ブル遊

 まるでパズルを組み立てるように、或いは地球儀をくるくると指先で弄ぶように、自分が呼吸している場所について簡単に理解できたら、ボクはきっとこんなにも苦しみ足掻きもがいていないだろう。潮の香りを抱き込み、波打ち際にしゃがんで水平線を眺めた。区切られた空と海の境目がきらきら輝いていた。宝石を一粒ずつ並べたみたいに薄っすら光を放つ其処から、世界は間も無く眠りから目覚めるだろう。沢山の人間が息衝くこの世を照らすために、何度も何度も夜は明ける。
「ボクもいつか、目が覚める時が来るのかな」
「何の為に?」
「分からないけど」
 そう答えると、左に座る遊星が僅かに笑みを浮かべてボクを見た。曖昧な表情にボクは少し心細くなって、彼の右手を握り直す。
 本当は何の為に目覚めるか知っている。けれどもまだ君には言えないから、ボクは君と同じように曖昧に笑ってみせた。そうすれば君と同じ気持ちで居られるような気がしたから。真実を告げることが不可能ならば、いっそのこと残酷なまでに埋没させてしまった方がきっといい。知らないままで居ることはぼやけた希望を知るよりも簡単だ。ただ裏切り行為みたいで胸が痛むけれど。
「夜が明けるな」
 遊星の呟きに合わせて朝日が現れた。そこから爆発しそうな程鮮烈な白の周辺に朱色が滲んで、重苦しい夜をこじ開けていく。水面に反射する光はプリズムを介して拡散したようだった。「何度見ても飽きない」遊星の声が海原に溶けていく。溢れた光はあっという間にボク達を飲み込もうと躍起になる。白い怪物に食われて失わないように、ボクは咄嗟に左手を引っ張って遊星を抱き寄せた。それは薄暗かった砂浜を一気に曝け出させて、ボク達の居場所を消失させる。遊星を抱き締めて守りながら、ボクは世界の仕組みを理解しようと必死になった。今ボクは此処に存在している、それだけは真実だと遊星に伝えて。畳む
家出なんてするもんじゃない
・大学生なふたり。
・ヤマもオチもないです。
#ブル遊 #現代パラレル

 切符を左手の人差し指と親指で弄びながらブルーノは電車の座席に深く腰掛けた。所々削れたように表面が捲れた布地を撫でると、動物の舌のようなざらざらとした感触が掌にひろがった。向かいの席には誰も居ない。その上の窓から見える夕日に照らされた少し低めのビルや家々が通り過ぎていくのを眺めつつ、ブルーノはこれから帰る場所について考えた。同居人と住んでいる部屋についてだ。同じ大学に通っているわけではないが、互いの利害の一致によって一緒に住み始めてから一年が経った昨日、喧嘩をした。初めての喧嘩だった。今まで皆無と言っていいほど衝突もなく上手く生活してきたブルーノにとって、遊星という同居人の青年と口論まで発展したことは新聞の一面を飾るくらいの一大事だった。
 はぁ。ブルーノの重苦しい溜息が人気の少ない車内に漏れた。次の駅で降りなければ。このまま降りずに何処か遠くへ行きたい。そう考えてもみるが、そんな余裕もなければ実行する勇気もなかったので、ブルーノは駅名を告げる車掌の声に従って仕方なく立ち上がった。降り立ったいつもの駅のホームはいつものように人がまばらに居る程度で静かだ。改札を通り、夕暮れに沈む商店街を横目に見ながら彼は歩いた。十分もしないうちに到着したアパートの前には遊星がいつも乗っている赤い大型のバイクが停まっていて、同居人が帰宅していることをブルーノに知らせる。二階にある自室の窓を見上げると、閉められたカーテンの向こうに明かりが灯っているのが確認できた。何処からか漂ってくる醤油の匂いが気落ちしている彼の鼻を擽った。
 怒っているだろうか。昨晩の遊星との口論を思い出してブルーノは視線を落とす。しかしこのままじっとしている訳にもいかないのは明白である。一度白いスニーカーの爪先を見詰めてから、ブルーノは意を決して階段を駆け上がった。斜めに掛けたメッセンジャーバッグが重く感じる。ジャケットの裾をはためかせながら上がり切った先には五つの扉が並んでいて、手前から三つ目が自分達の部屋だ。触れたドアノブはきんきんに冷えていた。泥棒のように慎重に、ゆっくりとそれを回す。玄関に整列した遊星のブーツを見て、ほ、とブルーノは息をついた。自分は安堵したのだ、遊星が出て行かずに居てくれたことに対して。そう思うとブルーノは無性に遊星に対して申し訳なさが溢れてきて、急かされるように少し早足で部屋へと上がった。
「た、ただいま……」
 遊星はリビングで胡坐を掻いてパソコンを触っていた。画面は黒いTシャツに身を包んだ彼の身体に隠れていて玄関横のキッチンからはよく見えない。かち、かち、とマウスを操作する音が、家電の稼動している音に重なって部屋に響く。
「お帰り」
 ブルーノの方を向かずに遊星は返事をした。声色がやけに冷たく思えてしまって、ブルーノの足が止まる。先へ進めない。やっぱり怒ってる?
「あの、遊星」
「悪かった」
「え」
 相変わらずこちらを向かないまま、遊星は謝罪の言葉を述べた。表情は伺えないもののその背中が少し項垂れているように見えて、ブルーノは急いでリビングへと足を踏み入れた。そうして画面を見詰めている(ように思える)遊星の背中へと飛び付いて、「ごめんね、ごめんね」と、親にこっ酷く叱られた子供のように謝った。ぐ、と遊星の息が詰まる音が聞こえるまで。
「あっわぁぁごめん遊星!」
「っ、げほっ……いい、もういいから」
「お、怒ってない?」
「あぁ」
 ようやく見えた遊星の顔には僅かだが笑みが浮かんでいて、あぁ本当だとブルーノはやっと心底安心した。喉につっかえていたものが下りたようにすっきりとした気持ちでもう一度「ごめんね」と言うと、今度は逆に「もう聞き飽きた」と言われてしまう。いつもの遊星だ。
「腹が減った。飯にしよう」
「うん!」畳む
流転
・朔太郎の「言はなければならない事」を読んで。
#ブル遊

 ごろりと床に寝そべっているように見えるブルーノはそれは四足歩行動物のような格好をしていたので、遊星は怪訝そうな目で彼を見下ろした。
「一体何をしているんだ?」
「わぁ、遊星が大きく見える」
「答えになっていないぞ」
 何かを思いついて行動しているのだというところまでは推測できてもそれ以上のことは判断しかねる。思いながら遊星はブルーノの横にあるソファへ腰掛けた。ブルーノはと言えば相変わらず猫が伸びをする時のような格好で居る。青髪の猫、いいや青髪の大型犬だな。
「えらく大きい犬が居るものだ」
「あはは、でしょう? 動物ってどんな視線で僕等を見てるのかなって思ってさ」
「だからそんな四つんばいになっていたのか」
「そうそう」
 全くこの同居人は唐突に変わったことをし始めるので遊星は苦笑をこぼした。膝は立てたままぐっと両腕を伸ばし遊星を見上げるブルーノは主人に甘える犬のように愛想良く笑っている。もし本当にブルーノが飼い犬であったならば色々と世話が焼けそうだ。そう有り得そうにないことを考えつつ、遊星は大型犬の頭をひとつ撫でた。柔らかい毛の感触が手袋越しでも伝わった。嬉しそうにまた笑うブルーノは本当に犬になりきっている様子である。だが遊星の指先が離れると同時に漸く彼は立ち上がって、遊星の右隣へとぼすんと座った。視線が逆転したブルーノは呟く。
「動物ってさ、言葉は喋れないけど、ボクらの言ってることはきっと分かってるんだよね。でも話せないから、自分のことはちゃんと伝えられなくて、いつももどかしくて仕方ないんじゃないかな」
「そうかもしれないな」
「さっき、下から見た時思ったんだ。世界は広過ぎて、見上げた君は大きくて、その存在感にボクは押し潰されそうだった。ボクがもし喋れない犬だったら、きっと、ずっと吠えてるだけだろうなぁ」
 ボクに気付いてよ。ボクのことを分かってよ。って。
 かち、かち、と、時計の針の音が室内に流れる。二人分の身体を受け止めたソファが小さくきし、と鳴った。呼吸をする度に彼等の肩がちぐはぐに上下して、それが何度か揺れた頃、遊星の唇が徐に開かれた。
「触れればきっと分かるさ」
 投げ出されていたブルーノの左手を遊星の右手が握った。きゅ、と繋がった指先から熱が分け与えられて、そこだけが二人分のぬくもりを有していく。ほら、これでお前と繋がっただろう。そういう遊星の意思が肌を伝って流れ込んでくるようで、ブルーノは途切れぬよう、離さぬように絡ませた指を握り返した。体温の共有。感情の流動。鼓膜を震わすものが無くとも互いに一つになれる方法がある。
「じゃあ、ボクの気持ちも伝わってる?」
 ボクらの間には言葉は無かった、けれども確かに感じるものが存在して、君とボクは繋がってるんだって分かるんだ。遊星の声の代わりに、その口元に刻まれた笑みが返事となった。
「繋がってるって、心地良いね」畳む
プレゼント
・付き合ってそれほど時間が経っていないブル遊。
・頭のネジが飛んでるブルーノちゃん。
#ブル遊

「でね、そのCPUってすっごく高性能で、でもお店のおじさんが割引してくれてさ! かなり得な買い物しちゃったんだ」
「そうか」
「うんうん。こうさ、なんていうかさ、フォルムがこう……滑らかでね、しかも軽量化されてて、やっぱり買って良かったって思った!」
「そうか」
 彼の感じた滑らかさを表現しているらしい、ジェスチャーを交えながら本当に嬉しそうに話すブルーノは、今日で一番輝いているように見えた。青い髪を時折揺らしつつ話す彼を見遣りながら、俺は手元のエスプレッソを一口啜った。美味い。少し離れたところではピアノの生演奏が行われていて、ゆったりとした、でも華やかな雰囲気を作り上げている。そんな一流ホテルのカフェで、高級そうな柔らかいソファに腰掛け向かい合っているブルーノは、こんな場所には無縁そうなメカやらハードやらの話をし続けていた。俺達の席の周りではスーツ姿に身を包んだビジネスマンが沢山商談らしき話をしていて、こちらを見る周りの視線がちょっと痛く感じた。
 そもそも何故こんな場所で話しているかというと、今日はこのホテルの会議室でちょっとした講演会があったからだ。主催の講師にお互い興味があったため一緒に参加したのだが、その帰りにブルーノが「何だか喉が渇いたなー」と言って勝手にカフェに入ってしまったのである。しかも一品一品が無駄に高いカフェにだ。節約を常日頃心掛けている俺にとっては予想外の出費になるので拒否したかったのだが、いつも何処からか金が湧いてくるブルーノは何も気にすることもなくすたすたと案内されていった。いつも思うが、こいつの収入源は一体どうなっているのだろう。
 腕時計の針はそろそろ会話開始から三時間経過を指そうとしていた。恐ろしいことに、ブルーノはカフェオレ一杯でここまで休憩せずに話し続けている。これは一種の才能だと思う。視界の端の方では、綺麗なウエイトレスが追加注文を聞きに来ようか迷っている。それもそうだろう、同席の男がひたすらコアな話ばかりしているのだから。
 手元のカップにはあと一口分もない液体がうっすらと残っている。これはまだ飲み干さない。ブルーノの会話が終了間際になる頃を見計らって飲み干すものだと学習したからだ。哀しいかな、学友のブルーノと付き合い始めて知ったのは、彼が周囲を気にせずに行動できるということだった。しかし人間の順応性とは素晴らしいもので、始めは違和感さえ(寧ろ少しの嫌悪感でさえ)感じていたが、今となっては慣れてしまった。無論ブルーノは俺のカップの中身なんて気にしていない。恐らく彼の中では気にする以前の問題なのだろう。
 しかし流石に聞き役に徹しているのにも疲れてきた。何しろ返す言葉が相槌くらいしかないからだ。あぁ、だとか、そうか、だとか、一体今日で何回言ったのだろう。いや、ブルーノと付き合ってから累計で何回言ったのだろう。ふぅ、と、無意識のうちに溜息をついてしまった。ほんの小さなものだったが、溜息をつくと自分が疲れていることを余計に実感させられる気がして、そして確かに俺の疲労感を少しばかり増加させたのであった。
「そういえばさ遊星」
「あぁ」
「はい、これあげる」
「あぁ……?」
 文脈が唐突過ぎないか? 相変わらず脈絡のない奴である。悪い真面目に聞いてなかった、と謝る前に、俺の目の前に揺れるものがあった。ブルーノが指に何やらぶら下げている。
「何だ?」
「だって今日、付き合ってから三か月経つからさ。記念にってことで」
「……あ、」
 そうだった。そう言えば今日は、確かに俺とブルーノが付き合い始めて三ヶ月目に当たる。すっかり忘れていた。けれども一年記念などならまだしも、何故三ヶ月目なのか不思議である。それが顔に出てたのだろう、ブルーノは「三日、三週間、三か月、三年って言うだろ?」と、さも当たり前のことのように述べた。それでも三日三週間の節には何もしていないところが彼の不思議さを助長しているのだが。
 改めて俺は目の前に揺れるものを見て受け取った。キーホルダーのようだが、付いているのはキャラクターものでもアクセサリーでもなく、中くらいの消しゴムのような大きさの金属製の箱である。色だけがやたらと派手で、黒地にスカイブルーのストライプが彩られていて目に眩しい。その真ん中には五ミリほどの丸いスイッチが付いている。好奇心からかちりと押してみた。すると突如、俺達の間のテーブルに置かれているブルーノのスマートフォンが鳴り出した。しかも音楽は『HELP!』だ。何だこれは?
「それ、簡易式のお助けコールなんだよ。そのスイッチを押すと電波が出て、内蔵されてるセンサーと無線モジュール、それとプログラムを介してボクのスマホに連絡が来るようになってる」
 作ってみたんだー何かあったらすぐ連絡頂戴ね。と、ブルーノはにこやかに笑う。全く、恋人に贈るプレゼントにしては色気も何もない。女性ならまだしも俺は男だし、何より助けてほしい時が何時なのか予想もつかないほど平和な日々を過ごしているのだ。けれどもこんなものをわざわざ自作してくれる色気のない人間がブルーノというもので、そんなところもひっくるめて好きになってしまったのだから仕方ないと結論付けることにする。
 彼はそのプレゼントを渡したことで、まるで役目を終えたかのように席を立った。会話の終わりも常に唐突だ。すかさずほんの僅か残ったエスプレッソを飲み干して俺も続く。ちゃり、と掌に納まった小さな箱が何だか妙に愛おしかった。こう感じてしまうあたり、自分も相当ブルーノに惚れ込んでいるのだろう。全く救えない。
 伝票を催促するブルーノについ甘えて渡そうとした時、ふと何かを思い出したかのように彼が「あ」と言った。
「そういえばさ遊星」
「あぁ」
「大好きだよ」
 今までもこれからもね。そうやって突然、最上級の微笑みと共に降ってきた甘ったるい言葉は、一気に俺の全身を羞恥で硬直させた。こんなタイミングで言うなんて、どうして何の前置きもないんだ! あぁそうだこいつはそういう奴だなんて分かっていたはずなのに。それでもサプライズのような不意打ちの告白に頬が瞬く間に熱くなるのを感じた。恥ずかしい。力んだ拍子に再び押してしまったスイッチが再び『HELP!』を流すまで、俺は間抜けな表情で彼の顔を見上げたままだった。それは馬鹿みたいに呆けた表情だったに違いない。
 いっその事、こんな俺を助けてくれ。そう手の中の箱に願ってしまいそうになった、三ヶ月目記念日。畳む
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