から

@kai_mutterの二次創作置き場

オタクが常にジャンルを反復横跳びしてる

アニマルポッポ
・みんなアニマルな世界でつまりはパラレルです。
・見た目耳生えてるだけ。
#パラレル

 少し離れた場所から友の匂いがして、クロウは俄かに走り出す。こういう時ピアスンに仕込んでもらった走りが役に立つぜ! 疾風のように走り抜ける三毛猫に驚いて電線から鳥達が飛び立った。すぐそこに居ることは間違いない、あの角を曲がれば恐らくは。
「遊星ー!!」
 ぎゃぎゃあっと靴底をアスファルトに擦りながらブレーキをかけた。曲がり角の先には黒い耳をぴっと立てた親友が茶色い紙袋を片手に抱えて振り向いている。「あぁ、クロウ。こんなところに居たのか」と言いながら徐に紙袋の中に手を突っ込んだかと思うと、遊星は円形の菓子をクロウに差し出した。
「うほっ! それそれやっぱりそれか! 向こうに居たらお前の匂いと一緒にその匂いが混ざってきたんだぜ」
 ここのドーナツ美味いよなぁと今にも涎が垂れそうな表情で遊星の隣に並ぶ。が、その視線は既に親友ではなくその手にある紙袋に注がれていた。そんな様子に遊星の口元には微笑が浮かぶ。
「さすがはクロウだな。食べないか?」
「言わずもがな!」
 粉砂糖の掛かった生地の上にチョコレートをトッピングしたドーナツにクロウの目はきらきらと輝く。うまそう! がふ、と大口で齧り付いたドーナツはクロウの口の中で重奏を奏で、彼を至福の中へと浸した。ビターチョコレートと粉砂糖の甘さが柔らかい生地を包み込み舌の上で蕩ける。その味にクロウの茶と黒が混じった耳がへたりと垂れた。
「うめぇ……」
「良かったな」
「サンキュー遊星。つかそれ結構な数買ったな、どっか持ってくのか?」
 むぐむぐと味わいながら遊星の持つ紙袋を指差す。ぱっと見ただけでも十個以上はありそうな大きさだ。
「あぁ、差し入れだ」
「えっいいのかよ俺もらっちまって」
「一個くらい構わないさ。俺も今自分用に食べたところだ」
 ぺろりと唇を舐める遊星は子供のような笑顔を浮かべている。マーサハウスに居た頃にも見たことがあるその表情に懐かしさを感じた。
「どこに持ってくんだ?」
「あぁ、ブルーノにな。今俺のバイクのメンテナンスを手伝ってもらっているんだ」
「俺が出掛ける時にはブルーノ居なかったぞ?」
 同居人のことを思い描きつつクロウは首を傾げる。
「ちょうど部品を買いに行ってくれていたんだ」
「そっか……って、ジャックも居るんじゃねぇの? また喧嘩すんじゃね?」
「ジャックには喧嘩したらドーナツは抜きだと言っておいた」
「あ、さすが遊星……」
 話しながら歩いているうちに遊星達の住居兼作業場に着いた。後ろから昼の日光を浴びながら扉を開けると、そこにぬぅっと壁があって遊星は反射的にびくっと身体を震わせる。
「遊星! おかえり!」
 その壁にがばりと抱きすくめられれば馴染んだ匂いが遊星を包む。ブルーノだ。豊かな毛を備えた尻尾を一回転しそうな程ぶんぶん振り回しながら遊星に擦り寄る。
「ブルーノ……度々こうするのは止めてくれ……」
「あ、ごめん習性で。待ってたら遊星の匂いと足音がしたからさ……あれ? クロウもおかえり」
「俺はついでかよ」
 まぁいいからさっさと中に入れ。そう嗾けるように遊星の背を押すと、付属品であるブルーノも共に進む。ブルーノのふさりとした垂れ耳がひくひく動いており、それが遊星から発せられる音の一つ一つに集中していることは、常日頃から彼を知っているクロウには分かっていた。そして室内で仁王立ちしているジャックが、その尻尾の様子から今にもキレそうだということも。
「クロウも一緒か。用事は済んだのか」
 話しながらもジャックの目線は遊星とブルーノに向けられている。視線に気付いた遊星がブルーノをあしらいながら「ほら、ドーナツだぞ」と紙袋をジャックに手渡した。その瞬間、ジャックの尻尾がふにゃりと緩む。色々と扱いが上手い遊星にはほんと感心するぜ。
「ふん! 別にドーナツの為に留守番していたわけではない!」
 とか言いつつ即紙袋広げるのはどうなのよ。三人のやり取りを肩越しに観察していたクロウは、四人分のコーヒーを用意しながら個性的な同居人等との行く末をぼんやりと考えた。



猫組:遊星(黒猫)、クロウ(三毛猫)、ジャック(虎猫)、アキ(ロシアンブルー)
犬組:ブルーノ(大型犬)、鬼柳(野良出身)、双子(子犬)、青山(こいつ絶対雑種)
というイメージです。
畳む
言葉より語るのはなに
・話せない遊星と廃棄されたアンドロイドブルーノの話。
・未完です。
#ブル遊 #パラレル

 無言のまま見下ろしてくる青年にブルーノは怪訝な目を向けた。さらさらとしとやかに降り続ける雨はひび割れたコンクリートの床を黒く塗り潰していく。それと似た色の傘を差した青年は暫しブルーノを観察するように眺めていたかと思うと、少しの逡巡の末にその右手をついと差し出した。
「……何? ボクに何か用?」
 返事は無かった。青年は傘より深い色をした黄金交じりの髪を少し揺らして、催促するように宙に浮いたままの手を小さく動かした。掴め、と求められているのだろうか。廃棄されたロボットに存在意義など無い、そんなものに手を差し伸べる人間なんてよく居たもんだなぁ。そう物珍しげに思いながら、けれども自嘲するような笑みを浮かべてブルーノは両膝を抱えていた右手を伸ばした。指先が触れた瞬間に伝わる電気信号。びりり、と懐かしい痺れを与える。人間の感情の脈拍。
「君、話すことができないんだね」
 青年の目が僅かに見開かれた。ぱちぱちと瞬きを数回繰り返して、それからゆっくりと頷く。唇は開かない。ブルーノにとって見慣れた反応だった。初めて自分と接する人間は必ず驚愕していたから。
「ボクは医療用ロボットだったんだよ。電気信号をスキャンする機能がオンになったままでさ」
 もっともそれが裏目に出て捨てられたんだけど。そうは口には出さなかった。代わりに苦笑いを浮かべながらブルーノは手を引っ込めようとしたのだが、寸前で青年に強く引っ張られてそれは叶わなかった。強制的に立ち上がらせられて、よろけそうな身体を踏み止まらせた右足が薄い水溜りの静寂を破壊して波紋を広げる。ぱしゃん、と跳ねた雨水が引き上げた青年のブーツに掛かって、ブルーノは反射的に「ごめん」と謝った。青年は言葉の代わりに首を左右に振って、ブルーノの手を少し強く握った。己の集積回路を廻る感情データは青年の態度と合致していた。
「気にしてない、って? そっか……ありがとう」
 青年の傘を叩く雨の音は、いつの間にか強くなっていた。

 名前は? そう問うと青年から握手を求められた。一旦離していた手を再び繋ぐと、ぴりぴりとデータが伝達される。
「遊星? っていうんだね。ボクは、ええと識別名でいいか、ブルーノって呼ばれてたよ」
 電灯、机、椅子、ベッドが其々一つずつ。机の上にはコンピュータと工具が数個転がっており、天井にある唯一の電灯に照らされ小さな影を作っていた。遊星から手渡されたタオルで雨水に濡れた髪を拭きながら、ブルーノは質素な室内を見回す。狭い部屋だが、このサテライトという閉鎖的な社会でも必要最低限の機器が揃っていることに彼は驚きを感じていた。感じていた、というより実際は彼に植え付けられた知識と目にした事実との差が驚愕という結論を導き出しただけだが、ブルーノは対患者用プログラムがダウンロードされたロボットであるために他のそれよりも感情表現がより人間に近しく豊かに出るよう設定されていた。遊星の手を離すと体温を感知していたセンサーが室内の冷気を拾い上げた。天候の悪さも相俟ってか、冷えた空気はなかなか暖まらない。
 かたかたと音がしてブルーノは振り返った。数歩先で遊星がコンピュータのキーボードを叩いている。軽快な指先がモニターにいくつかの文字を羅列していく。数秒後、今度は遊星がブルーノの方へ振り向いた。
 座る場所がないからベッドにでも座ってくれ。
 モニターにはそう表示されていた。ふむ、と小さく嘆息する。この遊星という人間はロボットに対しても気を遣う性格のようである。然しながらブルーノは服までも完全に濡れそぼっている。このまま腰掛ければシーツが汚れてしまうことは確実だった。
「いや、大丈夫だよ。ベッドが濡れちゃうし、ボクはそもそも疲労なんて感じないから」
 そう完全な回答をしたつもりだった。けれども遊星は眉を寄せて、それからブルーノの傍へと近付くとぐっと二の腕を掴んで引っ張った。
「わっ!」
 結構な力で、すぐ隣に設置してあるベッドへと押しやられ座らせられる。サテライトの煙突から吐き出される煙のような色のシーツは即座に水分を吸い込んで染みを作った。あぁだから言ったのに。ブルーノのメモリからはそんな感情データが書き出されたが、持ち主は嫌そうな顔ひとつせず漸くかといったように自分は机の傍に置いてあった(恐らくコンピュータ用と思われる)古びた椅子に腰掛けた。ローラーがいかれているようだ、きいきいと甲高い音を立てて、青年と椅子はしばらく揺れ動いていた。畳む
ホーリーナイトに眠れ
・アンドロイドなブルーノちゃん。
・どこでもないどこか。
#ブル遊 #パラレル

 ブルーノの仕事の詳細を述べるならば以下のようになる。朝日が昇る頃に起床の為の声を掛けること。それから朝食の準備をすること。食事の際は必ず同席すること。食後から始まる研究及び実験のよき助手であること。昼食はとらずとも一杯のコーヒーは必ず用意すること。午後はどこかで休憩の合図を入れること。夕日を見送る時刻になったら一緒に散歩に出掛けること。帰宅して夕飯の支度をすること。暫く自由な時間を過ごさせたら日が変わるまでに就寝させること。そうして自分も共に側で眠ること。これらは問題が起こらない限り決まった動作として実行される。対象はある人物ただ一人、不動遊星。それがブルーノの役目であり、ブルーノが動いている理由であるから。ブルーノというのは、現在窓際の机に向かって配線を組み立てている青年、つまり不動遊星の友であり、彼の同居人であるロボットを指す。
 つまり、ボクだ。

「テスターを取ってくれ」
「はい、遊星」
 ストーブの焚かれた作業場で、遊星は拡大鏡を覗き込みながら自分の右手を宙に泳がせる。ボクはテスターを積まれた本の上に見つけると、急いでそれを遊星の手へと届けた。彼は「ありがとう」と呟いて再び作業に集中する。それを眺めながら、彼の手助けになることを組み込まれた回路の中で検索した。
 ボクは遊星に作られた。目が覚めた時から彼の為にしか存在しないし、彼と過ごした記録(人間でいう記憶)しかない。遊星に作られた、と言っても奴隷の様に扱われるなんてこともなく、彼の話し相手であり助手であり同居人として過ごしている。ボクの行動は全て遊星が組み立てたボクの心臓部、つまりシステムの中枢部によって決められている。だからボクが望んでいても出来ないことがあったりする。出来ないように規制コードが掛けられているからだ。別に誰かをこの手にかける様な危険な行動をしたいわけではないのだけれど。
 横目で見た窓ガラスに雪が引っ付いていた。それは直ぐに水滴に変わる。そういえば昨日天気予報が伝えていたっけ。
「遊星、今晩は雪が積もるそうだよ」
 ボクはアクセスポイントから配信される気象情報を遊星に伝えた。「そうか、ありがとう」と言って、遊星は拡大鏡を一度退けてから製作していた機器を持ち上げて、その出来栄えを様々な角度から確認している。満足したのか、一つ頷いてから彼はその機器をもう一度机の上に戻した。周囲に散らばったリード線の切れ端や半田の屑はそのままに、遊星はボクに視線を投げてくる。言いたいことは分かってるよ。そろそろ時間だもの。
「散歩に出掛けよう」
 遊星は緩やかに笑って立ち上がった。
 今日は当たり前だけれど夕日なんて出ていないし、そもそも雪雲に覆われた世界じゃ出たくても出てこれないだろう。既にうっすら白い化粧を施された道が、コートに包まれた遊星によって足跡を付けられていく。ブルゾンを着てはいるものの、不具合防止の為にもボクは傘を差して歩く。そして遊星も。彼の口元から、はふ、と吐かれた息が白くたなびいた。人間が生きている証拠だ。呼吸をして、歩いて、彼はボクの前を進んだ。
 遠くに立ち並ぶ針葉樹林が、その深緑色の肌を白粉がちらつく視界の中で霞ませていた。その木を見て、何処かで見たことのあるシルエットだなぁと思う。細長い三角形の綺麗な形。尖った先端。全身に纏う雪。あぁそうだ!
「クリスマスツリーみたいだね」
「そういえば今日はクリスマスだったな」
 そうだ、データベースの日程表を確認するのが先だった。成る程クリスマスに雪が降るなんてボクの記録上では初めてだ。ボクは作られてからそれ程年数が経っていないので。
「サンタクロース来るかな」
「来ないと分かってる癖に」
「まぁ君が入れてくれたデータを一番信用してるからね。でもネットワークで検索してみると、信じてる人はいっぱい居るみたいだけど」
「信仰は自由だ」
「そういう問題?」
 ふっと一つ笑みを浮かべて、遊星は煙った道にブーツの跡を残していった。ざりざりという飴玉を噛み砕いているような音がボクの擬似聴覚に伝わる。遊星の足跡を後ろから上書きしてついていくと、彼が左右に無秩序なステップを刻んだ。跳ねた黒髪が白の中で揺れる。粗末なダンスのような、その不定のリズムを追いながら、クリスマスについて考えてみる。
 サンタクロースが居ないなんてことは、ボクは知っている。ボクを作ったこの不動遊星という人物の優秀さから織り上げられたボクのデータベースには、言うなれば徹底した現実主義者のそれが書き込まれているのだ。そしてボクは作り主である彼を最も信頼している。だからどれ程願ったところでサンタクロースは来ないし、そもそも願うこともない。寂しい考え方だと笑う人も居るだろうけれど。

 さらさら降る小麦粉のような雪の中帰宅したボク等は、再び自分達の仕事に戻った。遊星は作業へ、ボクは夕飯の支度へ。今日は寒いから温かいものがいいだろう。ちなみにボクは食事は摂れないことはないけれども、基本的に味見する時以外は摂らない。必要がないからだ。でも遊星が共に食卓を囲みたいと願うから、ボクは毎日彼の食事風景を眺めている。
 食後、片付けを終わらせて作業場を覗くと、遊星がうとうとと舟をこぎ始めていた。発見してから十分が経過したところで、ボクは「もうベッドに入らなきゃ」と彼の肩を軽く叩いた。はっと夢の入口から引き上げられた遊星は、ぼんやりとした目で頷く。
「あぁ……」
 導くように、その右手をとって立ち上がらせる。かしゃりと机の上に転がった半田ごてのスイッチは既に切れていて、遊星が寝惚けていたことがよく分かった。熱くもないこてでどうやって溶かすというのだろう。苦笑しながらふらりと揺れる遊星を支えつつ、彼を寝室へと連れて行くことにした。一つだけ電灯の灯された薄暗い廊下を、時折隙間風がひゅるりと走り去っていく。この家も少し修繕しなければいけない時期にきているようだ。
 寝室は作業場の隣にある。部屋の明かりを点けると、一人掛けの椅子に適当に積まれた服や、床に投げ出されたまま暫く使われていない鞄が暗闇から起き上がって姿を現した。部屋の真ん中に置かれたベッドは、遊星がボクと共に寝られるようなベッドが欲しいと言ったためにボクが作ったものだ。間も無く其処へと到着した遊星の足元へしゃがみ込み、靴を脱がせ、彼の腕を持ち上げて着ているジャケットも脱がせていく。代わりに長袖のガウンを着せ、その肩をそっと押した。布団に吸い込まれていく彼に続いて、ボクも靴を脱いで隣に寝そべる。ブランケットを被ると、内蔵されているサーミスタが敏感に反応した。体温調節機能が人間によく似た温度に自動設定する。この機能のお蔭でボクでも遊星を温めることができる。
 枕元のスイッチを手探りで探し当てて押す。ふっと明かりの消えた部屋に、しんしんと、という表現がぴったりな雪の降る音が奏でられた。布団がまだ冷たく感じるのか、すぐ真横に寝転んだ遊星は身体をもぞもぞと動かしているものの、深い夢の中へ沈むのにはそう時間は掛からないだろう。ちなみにボクは睡眠の代わりに、睡眠状態だと考えられる一定の状態が継続した場合にスリープモードへと入ることになる。
 クリスマスの夜。ボクの頭上には靴下は用意されていない。だから仮に、万が一にもサンタクロースが来てもプレゼントを入れてもらえるところはないのだ。それを踏まえて、奇跡的にもサンタクロースが来たならばプレゼントは何が良いか、という仮定の上に成り立つ仮定を立ててみることにした。何故かというと、ボクには叶えたい事があるからだ。
「遊星」
「ん……?」
 おぼろげな返事も一緒に抱きかかえるように、ボクは正面から遊星を腕の中に閉じ込めた。センサーが感知するそのぬくもりがボクの感情回路を巡る。ぎしぎし唸るそれから絞り出すように、唇をゆっくり動かした。
「あ、い、」
 しかし次の言葉を発しようとした瞬間、びくっとボクの身体が硬直する。インタラプトエラー。ストッパーが作動したのだ。特定の動作を行おうとすると作動するそれによってブロックされたボクは、一定時間動くことが不可能になる。意識(と表現すべきかは甚だ疑問だ)は継続しているのだけれど、きゅううんと音を立てて固まった身体能力は、ストッパーそのものを外す解除コードを入力するか時間が経過するまで解かれることはない。
 動かなくなったボクの視界に、遊星の顔が映り込んだ。彼は笑っていた。ボクに零すその綺麗な笑みが好きだ。ボクの青い髪を映した深い群青色の瞳が好きだ。ボクの名前を呼ぶその声が、とても好きだ。
「想ってくれるだけで充分だ。それが俺のエゴで作られた嘘でも」
 遊星は苦しげにその美しい目を細めて、ボクにそっとキスをした。それに応える言葉をボクは持たない。否、持つことを許されない。十バイトのデータすら表すことのできないボクに、君は毎晩キスをする。感情を伝える術を持たないボクに、君はいつも心をくれる。
 サンタクロースが居るならば、一つだけ欲しいものがある。たった一言でいい、遊星に伝えることのできる言葉を与えてくれと、口に出せずに彼からのキスをただ甘受するボクに、雪の降りしきる音が染み渡った。畳む
a phantom trip
・博士なジャック。
・タイムリープネタ。
#ブル遊 #パラレル

 かつてボクが居た世界へ行こう。
 思ってからの行動は早かった。ボクは数人の友人達に話をしてから、早速その手の問題に詳しい研究者を訪ね歩いた。その中で、ある博士が装置の開発に成功していることを知った。
「頼むよ、どうしても行きたいんだ」
 彼は例えるならば才能は有るのに売れない画家で、突飛過ぎる論のために周囲に評価されない博士だった。
「臨床実験も何も行っていない。危険過ぎる」
 それに何故そんなにも行きたいんだ、全く。と、博士は溜息を吐いた。重苦しい、押し潰したような溜息だ。彼のぎらぎらした金の長いもみあげが揺れる。
「分からない。けど、行きたいという気持ちが暴走しそうなくらい止まらないんだ。頼むよアトラス博士!」
「気持ちの暴走くらいさせておけ。装置が暴走したら取り返しがつかないぞ」
 アトラス博士は白衣を翻しながらコップを給茶器にセットした。埃がついて煤けた床には失敗作と思われる沢山のがらくたが放置されたままだ。部屋の窓からは立ち並んだビルのランプがちかちかと点灯しているのがよく見える。ガラスに自分の白いジャケットが映っていた。
「ボクが実験台になる。成功すれば博士は胸を張って発表できる! 一躍有名人だよ! それでどう?」
 アトラス博士はコーヒーの流れ出る給茶器の前に立ったまま、ボクを横目で観察している。値踏みしている、と表現した方がいいかもしれない。少しいたたまれない心地になりつつも、ボクは彼から目を逸らさなかった。遠くから金属を打ち込む音が聞こえてくる。何処かでまた何かを建設しているらしい。
「……良いだろう」
 但し、身の安全は保障しないがな。告げられた言葉は、ボクの気持ちの暴走を加速させるものだった。
 ボクは博士と共に、彼が作り上げたという装置のある場所へ行った。曇天の下、荒れ地の片隅にそれはあった。装置と言うよりも建造物と言うべきそれは、見上げれば大昔(まだ石油が作られていた時代)の写真で見たような、電線と電線を橋渡しする鉄塔によく似ている。細長い鉄が何本も何本も束ねられて、一つの細長い三角形を作り上げていた。その天辺には四角い箱のようなものが付いていて、指を指して尋ねると、スイッチがある部屋だと博士は答えた。
「俺はあの上の部屋から装置を使って重力場を発生させる。お前は塔の真下でそれを受け止めるだけでいい。一瞬だ」
「それってどれくらいきついの?」
「さぁな」
 意地悪くにやりと笑う博士は楽しそうだ。ボクの身体は、どうやら本当にただでは済まないらしい。何の準備もしなくて良いのだろうか? 少し逡巡する。
「準備など不要だ。お前の身体を飛ばすわけではない。意識を飛ばすのだからな」
「意識?」
「精神だけを引っこ抜いて、何処かに居るお前と同一人物の精神とシンクロさせる」
「喧嘩しないの?」
「お前と同一人物だと言っただろう。つまり、それはお前が深層心理の中に押し込めているだけで、嘗て経験したことがあるはずなのだ。もう一人のお前の精神を操作して、過去の出来事を再び経験するようなものだと考えろ」
「成程」
 完全に理解するには至らなかったが、ボクがもう一度ボクの歴史をなぞるようなものなのだろうか。
 鉄塔の真下でスタンバイする。アトラス博士は設置された自作のエレベーターを使って上の部屋へと行った。先程付けられたインカムから博士の声がする。
『準備は良いか?』
「準備も何も、突っ立ってるだけじゃないか……」
 ボクは頂点の真下に居るだけだ。建物の間を抜ける風は生温かった。
『そうだな』
 なんだよもう。はぁ、と一つ溜息を付いた。けれどもこれに耐えられれば、ボクは自分の知らない自分を知ることができるのだ。
 心臓がどくどくと喧しい。首筋や背中にじんわりと汗が滲んできているのが分かる。怖いのか。そうだろう。だってボクは今から誰も経験したことのないことをやるのだから!
 インカムからカウントダウンが聞こえ始めた。ゼロに近付くにつれ、ボクの膝が笑い始める。頭がくらくらしてきた。怖い。早く行きたい。無事に行けるんだろうか?考えているうちに、カウントダウンはもう終了間近だ。
 ゼロ。
 一瞬間後、巨大なハンマーで殴られたかのような頭痛と、生き埋めにされたみたいな重苦しさが、ボクを襲った。



 遠くで誰かがボクを呼んでいる。語尾だけしか聞こえないけれど、きっとボクの名前を呼んでいる。あぁ起きなくちゃ。誰がボクを呼んでいるの?
「ブルーノ?」
 ぱぁん、という耳を劈くようなクラクションの音がボクの意識を覚醒させた。はっと目をこじ開けると、世界の眩しさが一気に視界に入ってきて、頭痛を引き起こした。こめかみがぎんぎんと痛む。
「ブルーノ?」
 声の主を見た。十七、八くらいの青年だ。ボクより背が大分低い。耳の上からの黒髪が逆立っていて特徴的な髪形をしている。彼の目は心配そうにボクを見上げていた。
 ボクの視界は奇妙なことになっている。まるで縦長の箱の底面を上から覗き込んでいるかのような、或いは人形劇の舞台を寝そべりながら眺めているような、奥に押し込められた視界になっていた。その周囲は細い額縁のように黒い。左下には六桁の数字がカウントアップを繰り返している。これが普通の視界なのだろうか。
 画面の中で、青年は相変わらずボクを見上げている。何か答えなきゃ。
「あ、ぁ、大丈夫、ちょっと、眩暈がしただけ」
「そうか? 今日はよく晴れているからな。熱中症にならないように気を付けよう」
 さぁ行くぞ、と青年はボクの左手を引っ張った。ぐんと引かれたボクの身体は、必然的に青年の後ろを付いていく形になる。
 腕を引かれながらあたりを見回した。塗料をぶちまけたような真っ青な空が広がっていて、低い屋根の住宅が立ち並んでいる。風は湿気をたっぷり含んでおり、水の匂いの中に時折緑の匂いがした。道端には青紫色の小さな花を山のように付けた房を持つ花が、何処までも続く道のように咲き誇っている。灰色の煙を出す箱がその横を往来していた。あぁ、そうか車だ。化石燃料で走るもの。ぼんやりと把握した世界のじめじめとした暑さが、ボクらに纏わりついている。
 この青年の名前が、すぐに出てこないのは何故だろう。ボクはブルーノだ。この青年は? 確か、名前は。
「……ゆ、遊星」
「ん?」
 肩越しに振り向いた彼は、黒いポロシャツから伸びた腕で相変わらずボクの手首を握っている。片手では何か、携帯端末をいじっていた。
「腕」
「あぁ、ブルーノは何でも興味を持ってすぐ立ち止まってしまうからな。引き摺って連れていくことにした。でないと授業に遅れてしまう」
 授業? 疑問形になってしまったボクの言葉に、遊星は何を言ってるんだ、と呆れたように返した。
「先週から大学が始まっただろう。急がないと間に合わないぞ」
 大学。って、何だっけ。そうだ、勉強するところだ。今日のボクはどうしてこんなにも物事に疑問を持ってしまうんだろう。すぐに知識を引き出せない。普通のことでさえ忘れてしまったかのような錯覚に陥る。
 普通のこと。って、何だっけ。
 遊星は歩道をぐんぐん進む。本当に急いでいるらしい。けれどもボクには実感が湧かない。ボクは学生だったのか、とさえ思ってしまって、何だか遠い世界のことのように思えた。でもこれが現実だ。そうだろう? これが、現実だ。
 左下のカウントは確実に増えていく。既に四桁目だ。
 遊星の背中を見た。小さい背中だった。肩に掛けている鞄の口から本が数冊覗いている。ボクも右手に鞄を持っていることに気付いた。それ程重くなかった。遊星のように本さえ入っていないかもしれない。それにしても今日は蒸し暑い。
「暑いね」
 言葉に出すと余計に暑さが増した気がした。鞄の持ち手を右手首にずらして、着ている紺色のTシャツを摘みはたはたと空気を送る。
「そうだな。大学に着いたらクーラーが効いているはずだから頑張れ」
 再び振り返った遊星は歯を見せて笑った。それを見て、ボクは無性に彼を抱き締めたくなった。胸がぐんと押し潰されたように苦しくて、脈拍が加速する。この感覚に覚えがある。相手を目茶苦茶に好きな気持ちに襲われる感覚。
「遊星、ボクらは恋人同士なのかな?」
 また疑問形になってしまった。意識したわけじゃないのに、確信を得ようとしているらしい自分が不思議だ。
 遊星はぴたりと止まった。急に立ち止まるので、身体が遊星にぶつかった。再び振り向いた彼は、少し拗ねているように見える。車が側を通り過ぎた。べたべたした風が彼の髪を揺らした。
「……今更、何を言っている」
 そうして顔を真っ赤にしながら遊星は俯いた。下がった前髪の隙間から見上げる目がひどく寂しそうで、ここが外だということも忘れて遂に彼を抱き締めた。
「うっ」
「ごめん、ごめんね遊星。そうだよね、ボクらは恋人同士だよね」
 忘れていたわけじゃないのに。
 あれ?
 突然だった。急に脳内をぐちゃぐちゃに掻き乱されるような感覚に陥った。忘れていた? いいや違う知っているさ! ボクはブルーノだ、遊星の恋人だ。学生で今から大学に行って授業を受けて、それから、それから。
 それから?
 カウンターはもうすぐ六桁に到達する。
 遊星からばっと身体を離し、両手で頭を抱えた。痛い。ひどい頭痛と耳鳴りだ。道端でクラクションが鳴っている。
「ブルーノ?」
 焦る彼の声が聞こえる。大丈夫かブルーノ! 叫ばないで、ボクは平気だから。しかし声には出ない。
 遊星。大好きな遊星。愛している遊星。現実。暑い。ボクは誰だ。君は誰だ。痛い。涙が滲む。感情の大波が襲い掛かる。ありとあらゆる思いが大量に注入されて掻き混ぜられている。頭痛は止まない。
 これが、現実か?
「ブルーノ!!」
 黒に塗り潰される世界の端で、遊星が手を伸ばしている。それは掴めそうにない。ごめん。
 カウンターは六桁を突破した。



「ブルーノ!!」
 肩を揺さ振られて、ボクは漸く目の前に居る人物が誰かを理解した。くすんだ白衣が風に揺れている。博士だ。
「おい、大丈夫か!?」
「――あぁ、博士……あれ……」
 どうしたんだっけ。あぁそうか確かボクは実験をしたんだ。ボクが居た『いつか』に行きたくて。
 けれども突っ立ったままのボクは、ぽっかりと風穴の開いたような空虚さに満たされていた。心は消えそうなくらい朧げなのに、内側から頭を殴るかのような痛みはやけに鮮明で、まるで心と身体が剥離してしまったようだった。
「成功したのか?」
 アトラス博士が眉間に皺を寄せながら尋ねてくる。視点を彼に合わせる。その目には魂の抜けたようなボクの顔が映り込んでいた。ボクの双眸に光は無く、果てしなく虚ろだ。
 涙が一筋、つぅっと頬を伝った。
「分からない……でもひどく、とてつもなく哀しいんだ。何か大切なものを、遠くに失ってしまったような気がして……」畳む