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@kai_mutterの二次創作置き場

オタクが常にジャンルを反復横跳びしてる

言葉より語るのはなに
・話せない遊星と廃棄されたアンドロイドブルーノの話。
・未完です。
#ブル遊 #パラレル

 無言のまま見下ろしてくる青年にブルーノは怪訝な目を向けた。さらさらとしとやかに降り続ける雨はひび割れたコンクリートの床を黒く塗り潰していく。それと似た色の傘を差した青年は暫しブルーノを観察するように眺めていたかと思うと、少しの逡巡の末にその右手をついと差し出した。
「……何? ボクに何か用?」
 返事は無かった。青年は傘より深い色をした黄金交じりの髪を少し揺らして、催促するように宙に浮いたままの手を小さく動かした。掴め、と求められているのだろうか。廃棄されたロボットに存在意義など無い、そんなものに手を差し伸べる人間なんてよく居たもんだなぁ。そう物珍しげに思いながら、けれども自嘲するような笑みを浮かべてブルーノは両膝を抱えていた右手を伸ばした。指先が触れた瞬間に伝わる電気信号。びりり、と懐かしい痺れを与える。人間の感情の脈拍。
「君、話すことができないんだね」
 青年の目が僅かに見開かれた。ぱちぱちと瞬きを数回繰り返して、それからゆっくりと頷く。唇は開かない。ブルーノにとって見慣れた反応だった。初めて自分と接する人間は必ず驚愕していたから。
「ボクは医療用ロボットだったんだよ。電気信号をスキャンする機能がオンになったままでさ」
 もっともそれが裏目に出て捨てられたんだけど。そうは口には出さなかった。代わりに苦笑いを浮かべながらブルーノは手を引っ込めようとしたのだが、寸前で青年に強く引っ張られてそれは叶わなかった。強制的に立ち上がらせられて、よろけそうな身体を踏み止まらせた右足が薄い水溜りの静寂を破壊して波紋を広げる。ぱしゃん、と跳ねた雨水が引き上げた青年のブーツに掛かって、ブルーノは反射的に「ごめん」と謝った。青年は言葉の代わりに首を左右に振って、ブルーノの手を少し強く握った。己の集積回路を廻る感情データは青年の態度と合致していた。
「気にしてない、って? そっか……ありがとう」
 青年の傘を叩く雨の音は、いつの間にか強くなっていた。

 名前は? そう問うと青年から握手を求められた。一旦離していた手を再び繋ぐと、ぴりぴりとデータが伝達される。
「遊星? っていうんだね。ボクは、ええと識別名でいいか、ブルーノって呼ばれてたよ」
 電灯、机、椅子、ベッドが其々一つずつ。机の上にはコンピュータと工具が数個転がっており、天井にある唯一の電灯に照らされ小さな影を作っていた。遊星から手渡されたタオルで雨水に濡れた髪を拭きながら、ブルーノは質素な室内を見回す。狭い部屋だが、このサテライトという閉鎖的な社会でも必要最低限の機器が揃っていることに彼は驚きを感じていた。感じていた、というより実際は彼に植え付けられた知識と目にした事実との差が驚愕という結論を導き出しただけだが、ブルーノは対患者用プログラムがダウンロードされたロボットであるために他のそれよりも感情表現がより人間に近しく豊かに出るよう設定されていた。遊星の手を離すと体温を感知していたセンサーが室内の冷気を拾い上げた。天候の悪さも相俟ってか、冷えた空気はなかなか暖まらない。
 かたかたと音がしてブルーノは振り返った。数歩先で遊星がコンピュータのキーボードを叩いている。軽快な指先がモニターにいくつかの文字を羅列していく。数秒後、今度は遊星がブルーノの方へ振り向いた。
 座る場所がないからベッドにでも座ってくれ。
 モニターにはそう表示されていた。ふむ、と小さく嘆息する。この遊星という人間はロボットに対しても気を遣う性格のようである。然しながらブルーノは服までも完全に濡れそぼっている。このまま腰掛ければシーツが汚れてしまうことは確実だった。
「いや、大丈夫だよ。ベッドが濡れちゃうし、ボクはそもそも疲労なんて感じないから」
 そう完全な回答をしたつもりだった。けれども遊星は眉を寄せて、それからブルーノの傍へと近付くとぐっと二の腕を掴んで引っ張った。
「わっ!」
 結構な力で、すぐ隣に設置してあるベッドへと押しやられ座らせられる。サテライトの煙突から吐き出される煙のような色のシーツは即座に水分を吸い込んで染みを作った。あぁだから言ったのに。ブルーノのメモリからはそんな感情データが書き出されたが、持ち主は嫌そうな顔ひとつせず漸くかといったように自分は机の傍に置いてあった(恐らくコンピュータ用と思われる)古びた椅子に腰掛けた。ローラーがいかれているようだ、きいきいと甲高い音を立てて、青年と椅子はしばらく揺れ動いていた。畳む