ブルーノとアキが喋ってるだけ・ブルーノ→遊星←アキみたいな感じ。・書いてる人がブル遊の気持ちで書いているのでブル遊で……。#ブル遊続きを読む「あなたもいつかいなくなってしまうのかしら」 アキさんの声は高くも低くもなかった。 オイルまみれの手袋を外して、ボクは彼女が腰かけているソファに向き合った。彼女の表情が泣きそうなのは、夕日が眩しいからだろうか。「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」「いつかあなたが遊星の前から立ち去るなら、彼はきっと哀しむわ」「でも、未来のことなんて誰も分からないよ」「それでも私には遊星のことが分かるの」 いいえ、分かりたいの。アキさんの声は子を想う母に似ている気がした。視線を床に落として彼女は唇を一文字に結んだ。そこから一つも不安が零れないようにしているみたいに。 遊星の、ボクら仲間に向ける信頼がどれ程大きいものか分かっているつもりだ。ボクはそれに背くつもりはない。彼らに言えない秘密があったとしてもボクはボクの信念を裏切りたくないのだ。きっとアキさんは、遊星の心を脅かすまいとして不安の芽を刈ろうとしているのだろう。「アキさんが心配するのも無理ないよ。遊星は強くて脆いひとだから」「脆くなんて、ないわ」「アキさんも分かってるでしょう、彼が何を支えにして生きているのか」 足元に転がったままだったスパナを拾う。片付けておかなければ遊星たちが帰ってきた時に小言を言われるに違いない。特にクロウにはきつく注意されそうだもの。作業ボックスから布きれを取り出して工具を拭く。油汚れを綺麗に、はじめからそこになかったかのように拭い去る。アキさんはぼんやりとその様子を眺めていた。きっと頭の中で遊星を重ねて見ているだろう。それ程彼女の視線はボクに向けられるようなものではなかったから。「人を支えに生きていくことは、とても簡単で、とてもつらいことだよ」 ぎゅっ、ぎゅっ、と手元の布が軋んだ。エンジンの残り滓みたいな汚れが、悲鳴をあげて消えてゆく。「でも人間は他人と一緒に生きてゆくものなのよ」「じゃあこういうのはどうだい? ボクらはボクら自身のコピーを作っておくのさ。誰が居なくなっても大丈夫なように、プログラム上でね。つまり人工知能だよ。形の再現はホログラム画像で実行すればいい」「どうしてホログラムなの?」「形あるものは崩れていくのが理だからだよ」 手の中のスパナを観察する。細かい傷が付いているのが光に反射してよく分かった。これは経年劣化だ。この物質が本当に本物でこの世に存在している証だ。ボクは少し羨ましかった。劣化すべき本当のボクはもう居ないのだから。ボクはもしかしたらこの工具以下の価値なのかもしれないのだ。だから崩れないように、風化しないように、姿かたちをなくして仮想空間に身を置こうと提案したのである。「ねぇどうかなアキさん。これなら寂しくないよ。みんないつまでも一緒に居られるよ」 アキさんは目をぱちくりと瞬かせて、それから伏せ目がちになって、笑いながら答えた。「ねぇ、だめよブルーノ、それじゃだめなの」「どうして?」「それは生きているとは言わないわ。生きることは、変わることなのよ」 変わることなのか。 えぇ。 彼女はそのまま言葉を発しなかった。ソファに背を預け、瞳を閉じてしまった。 再び片付けの続きをしようと思う。さっきの案、アキさんには賛成してもらえなかったな。ボクはこの姿のまま変わらないけれど、元のボクから変わっているから、それは生き続けていることになるのかな。畳む 5Ds 2023/06/10(Sat)
・ブルーノ→遊星←アキみたいな感じ。
・書いてる人がブル遊の気持ちで書いているのでブル遊で……。
#ブル遊
「あなたもいつかいなくなってしまうのかしら」
アキさんの声は高くも低くもなかった。
オイルまみれの手袋を外して、ボクは彼女が腰かけているソファに向き合った。彼女の表情が泣きそうなのは、夕日が眩しいからだろうか。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「いつかあなたが遊星の前から立ち去るなら、彼はきっと哀しむわ」
「でも、未来のことなんて誰も分からないよ」
「それでも私には遊星のことが分かるの」
いいえ、分かりたいの。アキさんの声は子を想う母に似ている気がした。視線を床に落として彼女は唇を一文字に結んだ。そこから一つも不安が零れないようにしているみたいに。
遊星の、ボクら仲間に向ける信頼がどれ程大きいものか分かっているつもりだ。ボクはそれに背くつもりはない。彼らに言えない秘密があったとしてもボクはボクの信念を裏切りたくないのだ。きっとアキさんは、遊星の心を脅かすまいとして不安の芽を刈ろうとしているのだろう。
「アキさんが心配するのも無理ないよ。遊星は強くて脆いひとだから」
「脆くなんて、ないわ」
「アキさんも分かってるでしょう、彼が何を支えにして生きているのか」
足元に転がったままだったスパナを拾う。片付けておかなければ遊星たちが帰ってきた時に小言を言われるに違いない。特にクロウにはきつく注意されそうだもの。作業ボックスから布きれを取り出して工具を拭く。油汚れを綺麗に、はじめからそこになかったかのように拭い去る。アキさんはぼんやりとその様子を眺めていた。きっと頭の中で遊星を重ねて見ているだろう。それ程彼女の視線はボクに向けられるようなものではなかったから。
「人を支えに生きていくことは、とても簡単で、とてもつらいことだよ」
ぎゅっ、ぎゅっ、と手元の布が軋んだ。エンジンの残り滓みたいな汚れが、悲鳴をあげて消えてゆく。
「でも人間は他人と一緒に生きてゆくものなのよ」
「じゃあこういうのはどうだい? ボクらはボクら自身のコピーを作っておくのさ。誰が居なくなっても大丈夫なように、プログラム上でね。つまり人工知能だよ。形の再現はホログラム画像で実行すればいい」
「どうしてホログラムなの?」
「形あるものは崩れていくのが理だからだよ」
手の中のスパナを観察する。細かい傷が付いているのが光に反射してよく分かった。これは経年劣化だ。この物質が本当に本物でこの世に存在している証だ。ボクは少し羨ましかった。劣化すべき本当のボクはもう居ないのだから。ボクはもしかしたらこの工具以下の価値なのかもしれないのだ。だから崩れないように、風化しないように、姿かたちをなくして仮想空間に身を置こうと提案したのである。
「ねぇどうかなアキさん。これなら寂しくないよ。みんないつまでも一緒に居られるよ」
アキさんは目をぱちくりと瞬かせて、それから伏せ目がちになって、笑いながら答えた。
「ねぇ、だめよブルーノ、それじゃだめなの」
「どうして?」
「それは生きているとは言わないわ。生きることは、変わることなのよ」
変わることなのか。
えぇ。
彼女はそのまま言葉を発しなかった。ソファに背を預け、瞳を閉じてしまった。
再び片付けの続きをしようと思う。さっきの案、アキさんには賛成してもらえなかったな。ボクはこの姿のまま変わらないけれど、元のボクから変わっているから、それは生き続けていることになるのかな。畳む