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@kai_mutterの二次創作置き場

オタクが常にジャンルを反復横跳びしてる

エクスプローラ(ジム十)
・四期のふたり。
・帰国前捏造。
#ジム十

 生存確率を上昇させる為に最も手本となる人物はおそらくオブライエンであろうがそれとは別に生きていく上で必要とはされない知識を得る教師として適任なのはきっとジムだ。地質学も考古学もともすれば一度も活用されることなく脳味噌から消え失せる情報に違いない、しかし十代は役に立つか分からないそれらを記憶の中へと収納したかった。目の前で細長い指が赤茶色の土をいじり工具を手にし岩を丁寧に掘り起こしていくジムの姿から何かを学びたかった。あまり性能が良いとは言えない自分の頭に叩き込みたかった。こんな島でも古代と呼ばれる時があったのだとジムが教えてくれている気がした。しっとりと静かな眠りの殻に守られて三年間も存在を知らぬままであった地層を十代に気付かせてくれたのは彼である。上手に切り崩せなかったチョコレートケーキのような岩肌に隠れた化石を初めて目にした時、十代は興奮のあまりジムに何度も「すげえ」を連呼し言い過ぎだと笑われた。まだ先週のことだ。
 この国の人間とは異なる色をした手は本日グローブに覆われまるで手術を行う医者のようである。切り裂く肉はなくとも気高き古代の獣の怒りを買わぬようゆっくりと殻を剥がしていくのがジムの手術だ。その指先をじっと見つめていた時、徐に青年は「君もやってみるといい」と左隣から工具を差し出した。作業のひとつひとつから学べるものを探していた十代は思わずえっと声を上げる。見学ならまだしも実践には甚だ早いと思ったからだ。
「俺、まだ全然何も分かっちゃいないぜ。さすがにまずいって」
「ノー。今朝からずっと、十代、君は俺のことを見ていた筈だ。見たままトライしてみれば良いんだ」
「ええ? 本当に大丈夫かよ……壊したりしたらどうすんだよ……」
「そんなにヤワじゃないさ。それに十代ならそんなことはしないと、俺は考えているからね」
 過大評価だ、と思った。けれども工具を向けるジムの手が、節々のくっきりとした雄々しくもすらりと伸びるそれが触れるものとは一体どんなものなのか、以前から十代の内側に非常に興味が湧いていたのだ。宝石のような輝きを持つわけでもない、ばらばらであったり隙間だらけの時すらある骨でしかない化石達を見る青年の瞳はいつも熱に浮かされていた。いつまでも初恋を忘れられず追い続ける男のように。青い鳥を探し求めるように。自分を見る時のように。
 少し恐々した手つきで十代は工具を受け取った。「さあ、ほら」ジムの声に従い何十にも重なった層へと構える。だが青年と同じくグローブをした自分の手は発掘者に似てもにつかなくて最初の一打でさえ放つ権利を持たぬように思えた。この手が青年の大切な炎の源を破壊してしまうのではないか――興味の裏に恐怖がゆらゆら顔を出す。気まぐれな悪魔に十代の指先が固まった。暗い場所に居たもの同士お前だって分かるだろう、俺達は掘り起こされる側なんだってことくらい。殻を割るのは俺じゃない。俺はジムみたいにあんなに優しく起こしてあげられないんだ。影から声が聞こえた。
「十代、大丈夫だ。スローペースでやろう」
 握り締めていたらしい右手を緩めたのはジムの掌であった。重ねられた手、グローブの下でじわりとかいた汗が途端に引いていく。一回り大きなぬくもりに覆われると、糸が引き抜かれたように頑なに閉じていた指の力が抜けるのがいかに自分が常から青年の手より安堵を受け取っているのか理解出来て少し気恥ずかしかった。「悪い、サンキュ」笑って誤魔化し、離れた手の甲に残る温度に背中を押されて十代はもう一度眼前を見た。
 自然の棺に閉じ込められた古き竜は岩石の間からその端くれだけが覗く姿で眠っている。僅かに現れた部分を傷付けぬように注意を払いながら十代の手がその周りをなぞった。形を確かめるかの如く撫でるのはジムが何度も行っていたことだと記憶していたのだ。薄いガラスを扱うようにそろりそろり、しかし恐れの所為ではなく愛撫に近しい。そうやって十代は、たった一つしかないジムの瞳を煌めかせるいにしえの使者に挨拶をした。お早う、夜の底から俺が分かるか? 此処はとても明るくてきっと目が眩む。でもきっと其処より騒がしく孤独じゃなくなる素晴らしい世界なんだ。胸の奥でそう伝えてからジムに視線を投げ掛けると、彼は水晶の反射にも似た輝きをその目に抱いて頷きを返した。彼の中にある炎が昂ぶっているのが手に取るように分かって、化石に嫉妬すらしてしまいそうで十代は思わず苦笑した。
 工具を小さく掲げて目標を射程範囲内へ入れる。急に闇を取り払っては驚くだろうから少しずつ、カーテンをゆっくり開けていかねばならない。狙いを定めた十代の手が、深い深いまどろみを解きほぐす一筋の光を棺へと打ち込んだ。畳む