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@kai_mutterの二次創作置き場

オタクが常にジャンルを反復横跳びしてる

メデューサの少年
・大学生なふたり。
・交際事情がガバガバな二十代。
#ジム十 #現代パラレル

「ラストナイト、ユーはどこに」
「ごめん。ヨハンち泊まってた」
「ノーウェイ……来ると思って朝まで待ってたんだが」
「わりぃ、拗ねるなよ」
「拗ねてない」
「拗ねてるよ。だってこのコーヒー、いつもより苦いもんな」
 呟いて、十代は困ったような顔でジムの隣に腰掛けた。ソファに並んだ彼の茶色い髪の隙間からは申し訳なさそうに自分を見る瞳が覗いている。叱られた子犬より弱々しいその目は見た者に得も言われぬ感情を抱かせる魔力を持った目である。心の中がざわつき始めてジムはつい視線を下に外した。この国のアジア人の手が二つ、マグカップを包んでいるのが目に入る。普段より濃い色をしたコーヒーからもくもくと上がる湯気は十代の鼻先を通り過ぎて消えていく。白黒のボーダーに飾られたカップはジムと同じメーカーのものが良いからと十代がわざわざ買ってきたものだった。その日、カップを使って初めて自分のコーヒーを口にした時のことを視線を戻して目の前の十代に重ねてみる。彼が苦さに驚き思わず固まったこと。次からミルクを混ぜてやったこと。ブラックで飲めるのが羨ましいと言われたこと。その度に十代から発せられるひとつひとつの反応がまるで少年のままで見ていて飽きなかった。
 純朴さを失わない十代がとても好きだった。心に真っ白なキャンバスを持った彼の交友関係がどれ程常識と呼ばれる規範に準じていなくとも構わないから自分と居て欲しい。誰であろうと求められるまま受け入れる十代を欲したのは他ならぬ自分自身だ。ジムはもう何度目になるのか知れない確認をした。
 ず、と十代の唇から音がする。熱いものが苦手な彼は、それでもいつも冷めるまでにカップを空にする。「勿体無いだろ。ジムが折角淹れてくれたのに、冷たくなるまでほっとくなんて!」そのマグカップを使った最初の日に言われた言葉が今でも自分を喜ばせていることを知ったら笑うだろうか、それでも忘れ難い記憶だった。十代が与えた小さな光の欠片は消えずに過去を彩り続けている。
「十代、別の予定が入った時はコールでもメールでもいいから連絡をくれ」
「うん、気を付ける」
「俺以外の誰と居ようが、口出しはしないから」
「うん」
「だから」
「うん、分かってる。ありがとな、ジム」
 苦味の染みた十代の口元が緩む。その端から喜びが零れ落ちてきて、拾い上げたジムの心を瞬く間に覆い尽くした。綻んだ顔に嬉しくなって、水曜の夜は一緒に居るという約束を反故にされたことなどもうどうでもよくなってしまったので、つくづく自分も駄目な奴だと思う。
 特定の人間と恋愛関係にならない十代はその代わりに男女の誰とでも交際した。好意をどこまでも彼のキャンバスに受け止める。そしてまた白色で更地にして他の誰かのところへ行く。嫌になって去っていく者も居たらしいが今ではそんな関係でも良いという変わった人間だけが十代と関わり合っているのだから、世の中には大層な物好きがいるものだとジムは時折天を仰いだ。そのうちの二人が自分と、同じくこの国に留学してきた共通の友人であるヨハンであることからしても。
 ただ他に何人居るのかジムは知らない。それでも十代がそれぞれの相手を心より大切にして対等に付き合うので、誰かと居る時間は確かにその誰かだけの十代なのである。物好きが主張する独占欲なんてものは彼には理解出来ない。故に十代を詰問したり糾弾するなんてことは全くの無意味だ。彼に関わる人間の間に取り決められた紳士協定は幸いにして今まで破られたことはなかった。
 恐らく皆が皆、こんな関係は奇妙でおかしいと本当は分かっている。分かっていないのは十代だけで、一人に縛られない風のような彼だけがいつまでも自由なまま捕まえておくことが出来ない。誰のものでもあって誰のものでもない酷い博愛主義者を愛したのは愚かな行いかもしれない、だがジムはこの歪な同盟から抜け出すことを選ばなかった。十代を手放さずにいるのはあくまでジムの意志だった。それは他の相手もきっとそうで、ヨハンにしても未だに関係を断たないのは自分のように頭の天辺からつま先まで十代に取り憑かれてしまっているからなのだろう。
 皆がどこか狂っている。もしかしたら最も正常なのは十代なのかもしれないとすら思うことがある。その度にジムの頭は正当性を求めぬよう忠告する。何が正しいか決めることは、この関係を根底から否定することと同じような気がしている。
「ご馳走様」
「オー、飲み切ったのか」
「もう俺、あの時の俺じゃないんだぜ。ブラックコーヒーなんてちょろいさ」
「一年前は無理だったのに?」
「へへ、成長したんだよ」
 得意気な十代から空のマグカップを受け取ると、陶器にはまだ温もりが残っていた。ジムの目が細められる。淋しさの入り混じった嬉しさが全身に拡がって自分を毒していくのが分かった。好きだ。好きだ十代。アイラヴユー。ドントゴーエニウェア。何処にも行かずに此処に居てくれたらどんなに幸福か分からない。だがそう縋れば十代は困ってしまうだろうから願わない。それは本意ではないのだ。自分の有する幸福が全て十代から齎されたものであるなら良いじゃないか。不幸とは違うさ、たとえはぐらかしているとしても。
「なあジム、来週の水曜さ、何時に大学終わる? いつもと同じ?」
 すっかりいつもの調子に戻った十代は期待に満ちた眼差しを向けてくる。何か面白いことを企んでいるらしい、スケジュール表を頭に書き出すジムを待つ間も落ち着きを欠いていた。隠し事の出来ない子供と同じで微笑ましさを覚える。
「イエス、変わりはないよ」
「よっしゃあ! 早く帰ってくるからさ、何か作って一緒にワイン開けようぜ! この間良いの買っといたんだ、ジムが好きそうなやつ!」
 名案だろ? 人差し指を立てる十代の瞳に自分が映る。無邪気な少年の姿をした彼が自分だけを見ているこの時、真実自分の方が捕まえられているのだとジムは気付かない。十代が見つめる先の全ては十代に囚われる。素朴なキャンバスに感情を描き出す彼は魔力に満ちた瞳を持っている。ジムがきらきらと輝く二つの球を覗き込むと、惚けた顔の男が映っていた。その瞳は一つ、魂の抜けたものだけ。畳む