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@kai_mutterの二次創作置き場

オタクが常にジャンルを反復横跳びしてる

お題『いえない我儘』
・セントブリッジでの一幕。
#テリオフィ

 傷んだ林檎の傷を見て、魚のことを思い出した。ガキの頃に市場で盗んだ魚のくぼんだ目。いま思えば腐りかけだった。当時の同行者に「焼けば食える」と言われ、そのとおりにして二人で食ったが、それからしばらくは胃の中に虫が巣食っているような不快感に悩まされたのだった。
「何か欲しいものはあるか?」
 問いには「食糧」とだけ返した。オルベリクの視線は「それだけか?」と言いたげだったが、追撃することなく振り返ることを選んだようだ、商人に向き合っていくつかの果物を指差す。傍らで、水面に陽の光が揺らめいて、頭の奥を突き刺してくる。セントブリッジの住人は川ばかり眺めていて、ああもう嫌だと飽きないのだろうか?
 足元の雑草を踏みつけた。くぼんだ目のことは忘れた。
「……魚、魚がいます!」
 少し先のところから、聞き覚えのある声がする。顔を上げると、オフィーリアが橋の上ではしゃいでいる。ちょうど踊子が川のほうを示して何やら言っているところで、そう離れていなかった自分には容易に気付かれた。二人と目が合う。
「テリオンさん! 見てください、そこ、綺麗な魚が!」
 笑う踊子の口元が何か別のものを含んでいて、少し癇に障った。魚なんてどこにでもいるだろう。何ならそこの商店にも売っている。それに綺麗もなにもない、単なる食い物のひとつだ。顔を背けて溜息をついた。
 視界の端で泳ぐ魚は、それこそが生き甲斐のように、ただただ水を蹴っている。わき目もふらず。
 ならば、お前の行き着く先があの市場でなければましだろう。少なくとも俺のような人間に食われる心配はないから。
 今夜は魚を食いたい。ここらで一番上等な、新鮮なやつをだ。畳む