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@kai_mutterの二次創作置き場

オタクが常にジャンルを反復横跳びしてる

隣人
・学者なふたり。
#テリオフィ #IF

「おい」
 出発の日の朝、もう会えないだろうと思っていた人物が自分を待ち伏せていたので、オフィーリアの足はその時ばかりは完全に止まった。朝露に濡れた木々で、鳥たちが挨拶を交わし羽ばたいていく音だけが響く、アトラスダムにしては静かな朝だった。仁王立ちで、眉を寄せた青年は、見た目こそ物怖じしてしまいそうなものではあるが、その人となりが外見に反するものであると知っているオフィーリアにとっては、ただ目を瞬かせるくらいのものだ。
 朝日に照らされた青年は、黒いローブを整えながら、かちゃかちゃと手前の箱を操作する。
「何が良い」
「え?」
「何の曲が良い」
 青年の前に置かれた木の箱は、葡萄酒の瓶が五、六本は入りそうな大きさだが、その表面の硝子越しに見えるのは金属の円盤だ。不規則に空いた沢山の穴は星座表のようにも見える。新しい日差しを受けて、自ら発光しているように輝きを放っていた。
 その箱をひと撫でして、青年は呟く。
「あんたの旅立ちを飾る曲を選べ」
 投げやりな言い方だった。しかし本心はそうではないことを分かっている。これまでの経験と、青年の性格を知っているから。オフィーリアは心のうちで、この人は正直者なのかそうでないのか、とわずかに苦笑し、答えた。
「ありがとうございます……では、『別れの曲』を」
 その言葉に応じて、青年は小脇に抱えていた皮の鞄を開ける。厚みのないその中から一枚の円盤を取り出して、次に木箱の硝子窓を開いた。中の円盤と新たに取り出した円盤を入れ替える。ひとつひとつの動きが、熟練した職人の様子に似ていて、オフィーリアの唇から感嘆の吐息が漏れた。
 テリオンさんのその仕草が、わたしはとても好きでしたよ。オルゴールがお好きだなんて、知った時はとても驚いてしまって、テリオンさんの機嫌を損ねたんでしたよね。
 箱の側面に取り付けられたレバーを青年が回した。すると箱の中から、たん、とん、てん、と弦を弾くような音が、いまだ静けさを守る街中に響いた。音は空間に溶け、朝日の中を舞い踊り、オフィーリアの耳に届く。光の中できらきら輝いて、その心に落ちていく。
 もうこの人と、同じ学び舎で過ごすことはないのだ。そう思った時、街のどこかで朝露が一雫、ぽとんと溢れた。畳む