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@kai_mutterの二次創作置き場

オタクが常にジャンルを反復横跳びしてる

夢の中
・ハロウィンネタの獣人パラレル。
#IF

 私はあの出来事を誰にも話さないつもりだ。私のような、写実主義の画家よろしく生きてきた人間にとって、理解という単語では言い表すことのできぬ事態に自分自身が最も驚きを隠せないのだから。

 狼狩りの手伝いをしてくれないかとハンイット君が来た時、私は自分が狩りには向いていないことを伝えた。しかし「気心の知れた友人が一番頼りになるんだ」と相手は一歩も譲らなかった。その様子は何かに魅入られたようでもある。自分の職業柄、信頼が技術を上回ることを実感する機会が少なかったために、彼女の依頼も「狩人の勘か」という程度にしか思わなかった。
 夜明けにほど近い時刻、しかし空はいまだカーテンを引いたまま、雲はなく月だけが異様に明るい。橙色の円は、誰かに蹴り上げられたまま忘れ去られたように、孤独に浮かんでいた。ハンイット君は慎重かつ軽々と森を進む。対して私は、彼女の指示を仰ぎながら軽装にしたものの、木の根に足を取られる始末。そのたびに置いていかれそうになるが、彼女のパートナーである雪豹のおかげで迷子にはならずに済んだ。
 フクロウの声、虫の音色、木の実の香り。秋らしさに溢れる美しい森も、夜になれば人を寄せ付けたくないと言わんばかりの雰囲気であるのに、前の狩人は物ともせず。いや、森を知り尽くした彼女だからこそ、恐れることなく進めるのか。
 全く頼られることもなく役にも立っていない私は、雪豹の助けを得て後をついていくばかりであった。
 しばらくして、突然、先を行く彼女の手が上がった。静止の合図だ。雪豹も警戒態勢に入る。
 奴がいるらしい――狼が。
 狩人がゆっくりと弓を構える。儀式にも似た様子に、呼吸の一つも許されないのではないかと感じるほど。雪豹の姿勢も低くなった。いつでも飛び出せる、そう応じているようだ。
 その時、視界の端で、ぼんやりと浮かび上がるものがあった。
 一瞬、煙かと思った。しかし僅かに左右に動きまわるのを見て否定する。と、考えているうちに、ハンイット君の手が弓弦から離れた。きいんと空気を切り裂いて、白いもの目掛けて飛んでいく輝き。月の明るさのおかげで、弓が放たれるところも外れるところもはっきり見えた。
 白いものが徐々に大きくなる。木々の合間を縫ってこちらへ近付いている。葉が揺れる。ざざざと音がする。ハンイット君の矢がまた放たれ、外れる。雪豹は獲物に飛びかかりたくともできないことに唸る。
 目の前の戦いに、私はすっかり気を取られていた。だから気付けなかった。
「待ってください」
 自分の傍らで聞こえた、女性の声。「どうか見逃してください、サイラスさん」何処かで聞いた声。これは誰の声だった?
 振り返る。黒い衣服の女性が立っていた。まるで学者の外套にも似た出で立ちは女性に似つかわしくない。似つかわしくないと分かる程度に、その顔には見覚えがあった。
「……オフィーリア君?」
 私は無意識に、街の教会でよく会う女性の名を口にしていた。
 いつもならば純白の神官服に身を包み、教会で笑みを絶やさず信者の相手をしている女性。私が礼拝へ訪れるたび、快く応じてくれる。何故彼女がここにいるのか。何故闇に紛れるような恰好をしているのか。
 あれこれ思案している私の頭上を、何かが飛び越えていったのを、月明りが一瞬途切れたことで把握する。
 見上げればそこには、白い影。
「テリオンさん!」
 オフィーリア君の声に驚きを隠せない。テリオン? テリオン君とはあの、教会で彼女の手伝いをしている青年神官のことか?
 影が弧を描いて、彼女の隣に落ちた。影は瞬く間に人の形となった。その凛とした立ち姿。記憶の隅にある青年と確かに一致するのに、髪の間から生えているのは獣の耳。毛におおわれているのは常ならば神官服に包まれているはずの肉体。
 私は目を疑った。目だけを疑いたかった――疑っていたのは自分自身だと認めたくないがために。
 人と獣の境目に落ちたような彼の姿が、異形であるはずなのに、どこまでも荘厳さに溢れていて。
「知り合いか? サイラス」
 ハンイット君の声が遠い。
「キミ、その姿は……」震える声もそのままに、私は青年に釘付けとなっていた。「何故? 一体何が……」
「言わないで、サイラスさん。ただ、このままにしておいてください」
 お願いです。オフィーリア君の嘆願が終わるや否や、テリオン君の姿が白い獣へと完全に変わった。大きな犬のような狼に。彼女がその背に乗ったかと思うと、そのまま高く跳躍する。あのおどろおどろしい月のほうへ飛んでいく。
「待ってくれ! テリオン君!」
 その姿を追い、叫んだ。手を伸ばした。しかし届くことはない。
 最後に見たキミの目の、寂しい色は。その意味は。
 問いかけは言葉にならなかった。オフィーリア君の髪が月光にたなびいた時、金と銀の輝きとなって、彼らはすっかり消えてしまったのだった。

 あれきりハンイット君は狼狩りの話を持ち出さない。季節は移ろい、私も口にしないまま日々が過ぎてゆく。ただ街では、突然神官が二人もいなくなったことで、憲兵が教会へ押しかける騒ぎ。犯罪に巻き込まれたのでは? いやいや教会の陰謀か? 神の怒りか? などと人々の噂は絶えない。
 だがあの夜、あの異様な光をもたらした月の夜。ハンイット君の様子もどこか違っていた。私は夢を見ていたのだろうか? 森の精霊にかどわかされたのだろうか? しかし私の脳裏には、はっきりと、すぐに思い出せるほどに、彼らの姿が焼き付いたままだ。
 もしかしたら彼らは、魔女とその使い魔であったのかもしれない。ハンイット君をして私を森へ連れ出さしむと考えたのかもしれない。
 私はこの仮定をいまだ証明できないでいる。畳む