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@kai_mutterの二次創作置き場

オタクが常にジャンルを反復横跳びしてる

SNSにご用心
・「エーテルの青年」番外編。
#サイテリ #現代パラレル

「なんて顔をしている」
 この世のまずい料理を一気に口にしたら、きっと今のテリオンのようになるのだろうな。操作していた手を止めて、オルベリクは自分のスマートフォンから向かいの青年へ視線を移した。
 相手から無言で渡されたのは、同じ型のスマートフォン。画面をタップすれば、彼のSNSのメッセージ画面が表示されている。
「……偽装アカウント、覚えてるだろ」
 声に疲労感が滲み出ている。絞ればどす黒い液体が出てきそうな、重い声である。
「ああ。アーフェンが毎回付き合わされている、あれだろう」
 オルベリクも何度か見たことがあった。盗人稼業を隠すための、つまりアリバイ工作のためのSNSアカウントのことだ。そこに映し出されているのは、あたかも日常を楽しんでいるひとりの若者の姿。正反対のテリオン。口元を緩めた写真は、一見すると何ら不思議なところなどない。だがオルベリクのように、テリオンを知る者が目にすれば、悪寒が走るかもしれない。常日頃の青年と似ても似つかぬ姿に。
 自らがそのアカウントの投稿内容へ登場することはなかったが、毎回『付き合わされている』青年についてはよく知っている。オルベリクは頭の中の記憶領域をサーチした。危険な仕事を請け負うテリオンの、いわゆる闇医者を担当している、気の良い男だ。
「で? なんだこの山のメッセージは。何か関係があるのか?」
「……読んでみろ」
「良いのか?」
 ため息とともに「ああ」と答え、テリオンは天を仰いでソファに身を預けた。「疲れた、寝る……」言い残して目を閉じる。スマートフォンはもう午前三時を示していて、二人が次のターゲットにまつわる作業を始めてから、とうに半日以上は過ぎていた。どうりで目が痛いはずだ――目頭を揉み解してから、その手で件の画面を確認する。
 映り出されたのは、同一アカウントからの、おびただしい(と言うのが適切だとオルベリクは感じた)数のメッセージ。スクロールし続けてようやくたどり着いた最新のものには、
『よく一緒に写っている短髪の青年のアカウントを探しているんだが見つからなくてね。彼は友人かい?』
 とあった。
 アーフェンのことだな。すぐに理解した。笑顔の似合う青年を思い出しながら、不可思議なメッセージの送り主を画面に表示する。
「……大学准教授?」
 果たしてそんな知り合いがテリオンにいただろうか? 思案するが、思い当たらない。当の本人は寝てしまったために、少々のためらいがあったが、オルベリクは引き続き端末を拝借することにした。先月のうちに、テリオンからSNSの操作方法を教えてもらっておいて、ある意味良かったかもしれない。
 送り主の投稿内容を確認してみると、至って普通の、ありきたりな、日常の数々が書き込まれていた。学生だろうか、オルベリクの前で眠る青年と同じくらいの若者たちが写っている画像もある。
 ふむ、と顎に手を添える。
 普通の人物のようだが、生憎、我々には『普通』の知り合いがいない。
 オルベリクの指が、もう一度メッセージ欄へと移る。過去へ遡ってみよう。
 先週。
『この前あげられていた写真は隣町の駅前にある古い喫茶店だったね。キミはカフェが好きなのかい? あの日カフェにいたのはそのせいかい? では今度一緒にどうかな?』
 半月前。
『あの青年は誰なのか、キミとどういう関係なのか、考えるだけで眠れなくて最近不眠気味だよ。頼むから教えて欲しい。』
 先月。
『なぜ返信をくれないんだい。何かしたかな。』
 ――これ以上は止したほうがいい。本能が「危険だ」とささやいている。
 果たしてこの人物がテリオンとどういう関係かは不明だが、ひとまず我々を陥れようとする人物ではなさそうだ……ふう、と息を吐いて、スマートフォンを机に置いた。
 今度詳しく聞いてみるか。今はまず、エアハルトの起訴時の状況について調べを進めなければ。

 明朝。オルベリクの部屋にチャイムが鳴り響く。間延びした音は、マンションにアーフェンが到着したことを知らせていた。
 オートロックを開錠して到着を待っていると、いまだ眠り続けるテリオンの頭がもぞりと動いた。オルベリク自身は眠らず――それは彼自身の体力の賜物であるが――日の出を迎えたので、このまま朝食でも用意するか、と大きな伸びをした。力を抜くと、全身の筋肉が弛緩して少しばかり身体が軽くなった気がした。
 そのうちに部屋の扉が開く音がして、まもなく「よー」と、大きくも小さくもない声がする。
「おお旦那」
「早いな。今日は何をするんだ」
「偽装工作」
 やってきた青年は、意地の悪そうな笑みを浮かべてから、右手に持つ袋を床に下ろした。がちゃがちゃと、金属のぶつかる音にオルベリクが訝しげに覗くと、袋の中には金網やらトングやら、はたまた木炭まで入っている。
「一体何をするんだ……?」
「夏らしいことだぜ。海辺でバーベキュー」
「また、テリオンには似合わないことをする」
「右に同じ」
 いまだ眠る青年をよそに、二人は苦笑した。
 そこら辺に居そうな、毎日を謳歌する一般人。それを装うための作業に毎度付き合うアーフェンも、利害の一致とはいえ、よくやるものだと感心する。
「でさあ、これ買いに行ってた時によ、ダチに『SNSやってないのか』って言われたもんで、俺も作ろうかと思ってんだけどよ」
 アーフェンの言葉に、オルベリクは固まった。数時間前に見た、あの長々とした文字の羅列が浮かぶ。言葉の端々から滲み出る妄執が、アーフェンを襲う気がしてならない。
 ならば言うべきことはただ一つ。
「やめておけ」畳む