知れば知るほど・モブ女子に声を掛けられるタイセイ・悪意なく憐れむアカネ#アカタイ 続きを読む 可哀想だなあ、と心底憐れむ気持ちで、アカネは溜息をついた。 自動販売機の側で待っているのは、断じてを耳をそばだてるためではなかったけれども、タイセイと女子生徒の話は否応なしに聞こえてくる。今日の放課後は予定があるの? とか、週末はどう? といった、いわゆるデートに誘うための常套句だった。訊ねられるたびにタイセイが「いや、えっと」「ごめん、放課後は部活があるから」「うーん、週末は無理かなあ」と(本当のことを)答えるので、女子生徒は諦めて去っていった。おそらく、また来るのだろうと予想しながら、アカネは近付く足音に気付いて壁に預けていた背を離した。「ごめん! お待たせ」「構わないよ。大丈夫だった?」「あ、うん。なんか、結局なんだったのかよく分からなかった……」「なにそれ」 推理でもしているのかという表情で、タイセイが唸る。「なんだったんだろ」さあね、なんだったんだろうねえ。ふふっ、と緩んだ頬は、タイセイの純朴さにあてられたものだったが、わずかでも油断すると真っ白なそれの対極にあるものがぬっと顔を出そうとしてくるので、いけない、とアカネはポケットに手を突っ込む。「行こうか、もうすぐ授業だ」「うん」 教室へ向かって足を踏み出した少年の隣を、タイセイが並んで歩く。普段と変わらない和やかな時間の内側で、アカネの手のひらはポケットの中できゅっと縮こまった。 あの子は知らないのだ。 タイセイが昨日どうしていたか。週末どうするのか。今日僕と何をするのか。さっきまで話していた口が、昨日、僕にキスをするために震えていたこと。あたたかな首筋。決して厚みがあるわけではない、でもたおやかな体躯。恥ずかしがって真っ赤になった頬。高く、上に振れた声。ゆらめく髪。どれもが僕しか知らない、僕だけの君で、そこには君だけが知る僕がいる。 歩きながらもう一度、可哀想だなあ、とひっそり嘆いた。あの少女の恋は実らない。または、いつかの自分がそうであったかのように。 考えると、綿菓子のように柔らかく甘い記憶が、想像上の痛みで打ち消されそうになって、アカネはタイセイに寄りかかった。「うーん」こつ、と頭が当たって、立ち止まったタイセイが見上げる。「えっ、どうしたの? 悩みごと?」「いや……何でもないよ。ただ、なんだろうね、君のことが好きだなあって」「ちょ、ちょっと」 慌てるのはここが廊下だからだろうが、アカネにとって場所は関係ないので、タイセイの「ここじゃちょっと」とか「またあとで」などといった言葉には同意しかねる部分があった。 けれども、自分が味わう至極の感情はその秘匿ゆえに生まれているのかもしれないと思うと、待つことが楽しくなる。タイセイは約束を守る。先延ばしになるのは、少し残念だけれど。「じゃあ、また『あとで』ね」「う、うん……」 目を逸らす理由も、タイセイの体温を身近に感じていれば、白黒つけずともここまで分かるものなのだ。 不要な同情と共感を打ちやって、アカネは再び歩き出す。その頭にはもうすっかり件の少女は消えていた。世の中には、知らないほうが幸せなことも山ほどあるので。畳む SNK-CW 2024/06/09(Sun)
・モブ女子に声を掛けられるタイセイ
・悪意なく憐れむアカネ
#アカタイ
可哀想だなあ、と心底憐れむ気持ちで、アカネは溜息をついた。
自動販売機の側で待っているのは、断じてを耳をそばだてるためではなかったけれども、タイセイと女子生徒の話は否応なしに聞こえてくる。今日の放課後は予定があるの? とか、週末はどう? といった、いわゆるデートに誘うための常套句だった。訊ねられるたびにタイセイが「いや、えっと」「ごめん、放課後は部活があるから」「うーん、週末は無理かなあ」と(本当のことを)答えるので、女子生徒は諦めて去っていった。おそらく、また来るのだろうと予想しながら、アカネは近付く足音に気付いて壁に預けていた背を離した。
「ごめん! お待たせ」
「構わないよ。大丈夫だった?」
「あ、うん。なんか、結局なんだったのかよく分からなかった……」
「なにそれ」
推理でもしているのかという表情で、タイセイが唸る。「なんだったんだろ」さあね、なんだったんだろうねえ。ふふっ、と緩んだ頬は、タイセイの純朴さにあてられたものだったが、わずかでも油断すると真っ白なそれの対極にあるものがぬっと顔を出そうとしてくるので、いけない、とアカネはポケットに手を突っ込む。
「行こうか、もうすぐ授業だ」
「うん」
教室へ向かって足を踏み出した少年の隣を、タイセイが並んで歩く。普段と変わらない和やかな時間の内側で、アカネの手のひらはポケットの中できゅっと縮こまった。
あの子は知らないのだ。
タイセイが昨日どうしていたか。週末どうするのか。今日僕と何をするのか。さっきまで話していた口が、昨日、僕にキスをするために震えていたこと。あたたかな首筋。決して厚みがあるわけではない、でもたおやかな体躯。恥ずかしがって真っ赤になった頬。高く、上に振れた声。ゆらめく髪。どれもが僕しか知らない、僕だけの君で、そこには君だけが知る僕がいる。
歩きながらもう一度、可哀想だなあ、とひっそり嘆いた。あの少女の恋は実らない。または、いつかの自分がそうであったかのように。
考えると、綿菓子のように柔らかく甘い記憶が、想像上の痛みで打ち消されそうになって、アカネはタイセイに寄りかかった。「うーん」こつ、と頭が当たって、立ち止まったタイセイが見上げる。
「えっ、どうしたの? 悩みごと?」
「いや……何でもないよ。ただ、なんだろうね、君のことが好きだなあって」
「ちょ、ちょっと」
慌てるのはここが廊下だからだろうが、アカネにとって場所は関係ないので、タイセイの「ここじゃちょっと」とか「またあとで」などといった言葉には同意しかねる部分があった。
けれども、自分が味わう至極の感情はその秘匿ゆえに生まれているのかもしれないと思うと、待つことが楽しくなる。タイセイは約束を守る。先延ばしになるのは、少し残念だけれど。
「じゃあ、また『あとで』ね」
「う、うん……」
目を逸らす理由も、タイセイの体温を身近に感じていれば、白黒つけずともここまで分かるものなのだ。
不要な同情と共感を打ちやって、アカネは再び歩き出す。その頭にはもうすっかり件の少女は消えていた。世の中には、知らないほうが幸せなことも山ほどあるので。畳む