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@kai_mutterの二次創作置き場

オタクが常にジャンルを反復横跳びしてる

シャロとジョンの短文。
#BBCSLC

 感情やら心というものはひどく不安定で、しかも目に見えるものではないから、僕ら人間はどうしてもその存在を形にしたくなるのだ。僕が彼女にメールしたり、花を贈ったり、アクセサリを探したりするのは、彼女ら(というのは僕には過去に複数の女性との交際経験があるからだ)が求めたからに相違ない。僕は医者だ。医者だが、彼女達の中身が一体どういう仕組みになっているのか診断することは不可能に近い。何分女性というものは、気が付いたら怒っているし、そうと思えば機嫌が直っているし、まるで春の天気のように朗らかに微笑むこともあれば、夏の嵐のように激しい感情を露わにすることもある。一体僕が何をしたんだ! そう叫びたいのは山々だが、彼女達に声を荒げるのは僕として避けたい事態だ。僕は争いは好きではない。まぁ、目の前に居る人物との争いを除いて。
「難解だ」
「また女性か」
 何を? と尋ねられることがないのは、彼にとって容易い問題だからだろう。僕が抱えている問題、つまり女性との交際は常に難解であるのは何故か、ということに比べれば、シャーロックが僕の頭痛の種を言い当てることの方が遥かに簡単なのだ。それ以前に彼の観察眼にかかれば。
「昨日は十五回、一昨日は七回、その前は五回、」
「おいおい何だよ」
「君がついた溜息の回数だよ。増加傾向にある。ちなみに今日は既に二十五回を超えているぞ」
 シャーロックの青いガウンが柔らかく光る。高そうな布を纏ってソファでごろごろする名探偵。素材は良いのに。
「あぁそう、ご報告どうも」
「感情が籠められていない言葉なんて価値がない。炭になったダイヤ以下だ」
 ぽちぽちとスマートフォンを弄る僕に向けての言葉であることは分かっていた。僕は目下、現在付き合っている女性(真剣に付き合っているつもりだ)に対して、愛の言葉とやらを画面に打ち込んでいた。手のひらサイズの小さなガジェットに、一文字打ち込んでは、一文字消す。そんな作業をかれこれ三十分以上繰り返している。
 君は魅力的だ、だの、素敵な女性に巡り合えて嬉しいよ、だの、陳腐とも思える言葉を探して打つ。頭をフル回転させてもなかなか良い文章が見つからない。心が籠もっていないのは、自分の方がよく知っている。
「嘆かわしいな。事件のないホリデイ、ミルクの切れた冷蔵庫、女の為に無意味な言葉を打ち込むジョン……」
「侮辱と受け取るぞシャーロック」
「お好きに?」
 はぁ。
 溜息とは何処から出てくるのか問い詰めたい。いや呼吸としては肺からであるが、こうも沢山出てくると底なしの貯蓄庫があってそこから生み出されているのかと思ってしまうくらいだ。尽きることのない後悔の泉。シャーロックに指摘されなくとも、僕は僕が朝から溜息をつきっぱなしだということくらい分かっているのだ。この部屋に零れるのは暖炉の薪がぱちぱちと燃える音に、シャーロックの「つまらん」という言葉、時折意味不明なヴァイオリンの音が混じって、そして僕の溜息。
 シャーロックは長い脚を組んで、そのつま先で窓を指した。「役に立たない端末ならそこから捨ててしまえ」馬鹿言うな! 結局僕はその十五分後、何とか一文だけ書かれたメールを送信した。未だ彼女からの返信は無い。スマートフォンをジーンズのポケットに押し込んで、冷め切った紅茶に手を伸ばした。
「愛情を上手く表すことは難しい……こういう時、君の冷静さが羨ましいよ」
「人は何故形あるものを求めるのか?」
「哲学か。君が哲学とはね」
「違うよジョン。これは単なる趣向の違いだ」
「はぁ、そうかい。……さぁね。まぁ大体は愛されてる実感が欲しいからじゃないのか?」
 シャーロックは目を細め、口角を上げた。嘲笑しているような、安堵しているような、どちらとも取れる彼独特の表情だ。
「大方そうだろうな。安心感を得たいだとか、つまりは証拠が欲しいんだ」
「証拠ね。殺人現場の遺留品じゃあるまいし」
「しかし愛は目に見えない。不可視であるものをこの世に形作ることは果たして意味があるのか? 信ずるに値するかな」
「百本のバラの花束でも持っていくべきかな」
 僕の財布にそんな金はないんだが、彼女が望むなら仕方ない。仕方ないのだから、仕方ない。
「感情の籠められていないものに意味はないと言っただろう。無駄なことは止せ」
 彼の目はまるでごみ屑を見るような目つきで僕の携帯を見ていた。そんな嫌そうな目で見るくらいなら、最初から見ない方が良いのに。けれどもそれも数秒の間で、シャーロックはすぐに次の玩具を手にして弄び始めた。おい、僕の拳銃で遊ぶなよな。
 彼女からのメールは来ないままだ。
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