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@kai_mutterの二次創作置き場

オタクが常にジャンルを反復横跳びしてる

小宇宙
・サテライト時代の鬼柳さん。
・BGMと題名はGRAPEVINEからインスパイア
#鬼柳

 抑圧が自分を昂らせることには気付いていた。サテライトは牢獄だった。そこには何もない。見えない圧力以外の何も。だから出会えた仲間達は牢獄を抜け出すための鍵だった。こんなつまらない空間を爆発させる起爆剤だ。煙った空に星は見えなくても構わなかった。冷静な遊星が見せる情熱とか、クロウの無鉄砲さとか、ジャックの我儘なところが塵屑だらけの地面に在れば、俺には空を見上げる必要などなかったから。
 世界は止まらない。時間は止まらない。俺はどんどん進む。仲間は隣を歩いている。日が上がって沈むことを何度繰り返しても、それらは常に同じものではなかった。世界は自分の鏡だ。自分が辛ければ日の耀きでさえも自分を焼き殺す炎に変わった。心が歓びに溢れれば夜闇の中でも明りはいらない。俺は何でもできる。お前らが居れば何でもできる。そう信じられることが希望と名の付くものだと気付いたのは、皆と過ごして少し経ってからだった。
 信仰というものを持たない俺にとっては、神なんて存在しない。必要か不要かを考える以前の問題だった。けれども敢えて言うならば、灰くさい建物の、瓦礫に埋れたこの部屋が聖域で、そこに存在する全てのものは神だった。彼らの言葉は神託に似ている。絶対的な支配力。それに服従することに何の疑問すら抱かなくさせる。心地良かった。この仲間との世界が。

 流転する世界。星が消えていく。ひとつ、ふたつ。俺の中から神が消える。宇宙を埋め尽くす星が消える。心が餓える。圧迫する欲望が俺を衝動の塊に化けさせる。それはからくり箱のように、蓋を開けて、その中に潜むもう一つの箱を開けて、何度も繰り返すと見えてくる。遊星が蓋を閉じてくれても、湖が堪らず飽和するかのように、どろどろと増幅していく。それは近いうちに蓋を押し上げて決壊するだろう。
 眼前の空は赤かった。明日もきっと雨は降らない。けれども全身は冷水に浸されたみたいに冷たかった。血管の一筋一筋を走る血液が、まるで雪のような温度で流れている。渇望と共に。
 サテライトにまた夜が来る。畳む
手紙
・逮捕後でセキュリティ捏造。
・暗い。
#鬼柳

 囚人に許される行動のうち、外部の人間に宛てて手紙を書くということがある。回数に制限はない。時間にも指定はなく、好きな時に好きなだけ書くことができる。だが無論、それらは全てセキュリティの検閲にかけられるし、中にはいたって普通の内容のものでも審査する人間の気分によって捨てられる時もある。下らない。本当に下らないのだけれど、俺はその下らない人間に見られる下らない手紙を書いている。
 一文字目を書くまでは素晴らしく時間が掛かった。何度も何度も頭の中で文字を捏ね繰り回してようやく形になったのが、「元気か」だった。馬鹿らしくて、びきりと唇が変な角度に歪んだ。元気もくそもあるかよ。俺は未だにあいつらに絆というものを期待しているらしい。「元気か」と聞いて「お前が居ないせいで元気じゃない」とでも言って欲しいのか? ふざけんな、馬鹿か。
 最後に見た遊星の顔が脳裏に浮かぶ。違う、と言っていたが、俺にはもうそんなことはどうでもよくなっていた。遊星が俺を裏切ったのかどうかなんて今更の話なんだ。いつだって、人間は過程を無視されて結果という事実だけを判断材料に生きるしかない。少なくとも俺にとっては結果が全てだ。俺は今牢獄の中に居る。俺を定義付けるものなんざ、それだけで充分だろが。
 けれども少しだけ、本当に少しだけだが、遊星にもう一度会いたいとは思う。そうして「あの時のことは間違いだったんだ」と上辺だけでも弁解してくれれば、俺の気持ちは僅かばかり絶望のどん底から浮上するかもしれない。但し、二度と信じることはない代わりに。でも遊星とまた会いたいと思っているのは、あいつのことを信じているからなのだろうか? いいや遊星が憎くて憎くて堪らない。けれども同じくらいあいつが好きだ。クロウもジャックも好きだ。あいつらと一緒に居た時の俺が好きだ。もう戻れないサテライトでの記憶が、俺を薄暗い部屋の奥へ奥へとどんどん追い詰める。
 そこまで考えてから俺は手紙をぐしゃぐしゃに丸めた。苛立ちや悔しさで頭ががんがんと痛い。歪んでしまった三文字が俺を恨めしく覗いている気がして、より強く握り潰してから壁に投げ付けた。過去への憧憬と希望が、真っ黒に腐った絶望が、それらの葛藤が俺を喰い荒して目玉の奥が沸騰しているように熱い。壁に凭れて両手を握り締める。半端に伸びた爪が互いの手の甲にくい込んでびりりとした痛みが走った。どうやら俺はもう少しだけ人間として生きていられるらしい。本当かどうかなんて誰も知らない。畳む