から

@kai_mutterの二次創作置き場

オタクが常にジャンルを反復横跳びしてる

朝の挨拶
・ほぼアストラルしか喋ってない。
#アストラル

 朝陽の透き通る指先越しに遊馬を見る。時計はとうに登校時刻を示しているが本日は問題ないようだ。それも何も遊馬は今「ナツヤスミ」とやらに突入して、毎日遅刻してもいい。のだそうだ。だから私は時計が七時を越えても、八時を越えても、九時を越えても声を掛けなかった。誰にも邪魔されず眠る遊馬を、ただ見ていた。
 遊馬は呼吸をしていた。人間は皆呼吸をする。上下する胸を、彼と同じように横たわりながら(但し私の場合は空中である)見てみると、くーかーという音がより近くで聞こえた。彼の口元から漏れるその音は、断続的かつ心地良い一種のリズムを有し、私の中に到着する。ペンダントが私の媒体であるならばそれを伝っているのかと思うほどひたりと自分のすぐ傍に感じた。「遊馬」殆ど声にならない声でひっそり名を呟いた。案の定遊馬は起きない。瞼は寸分も開かれず、ハンモックという名の寝床の中で彼は未だ眠り続けている。もうすっかり日は高くなったというのに。部屋の外はぎらぎらとねめつけるような熱線で白く照らされていて眩しい。
 朝は巨大な始まりの合図だ。音も無く、時には光さえなく訪れる転換の目印。遊馬はいつも私にお早うと告げ人間の一日を開始させる。お早う。初めて耳にした際はその効果のほどを訊ねたが、遊馬に意味を説明されてカードに何の関係もなかったことを少々残念に思ったことを覚えている。この世界に来てからの私の記憶の中で遊馬に聞かされたお早うは今日で何回目になるだろうか。お早う。「始まりの合言葉」、だそうだ。記憶しておこう。そう答えると、遊馬は「そうしとけ」と笑っていた。彼の言う意味を当て嵌めるならば、初めて彼と出逢った瞬間、私は彼にお早うと告げなければならなかったことになる。何故ならこの世界での私の始まりが其処にあるから。お早う遊馬。そう言わなければならなかったのだ。しかし私は無知故に何も告げず彼の世界へと足を踏み入れた。それは非礼として詫びるべきだろうか、遊馬が起きたら聞いてみようと思う。
 夜になると遊馬は「お休み」と言って眠りにつく。つまり今現在の彼は、昨夜「お休み」と告げてからずっとこの状態のままなのだ。お休み。遊馬が説明した意味は「寝る前の挨拶」。しかし彼が眠っている間私は彼と話すことはない。何時間も彼の声を聞かず、ただその口がお早うと形作るまで私は一人だ。誰にも認識されず誰とも会話せずただ夜闇に溶け込む身体を見詰めている。月影が部屋に忍び寄ったとしても抵抗する術を持たない。私は一人。この世界で私を見ているのも遊馬一人。だから私にとってのお休みは遊馬との一時的な別離を意味する。昨夜も私は彼に別れを告げた。「お休みアストラル」「お休み遊馬」彼は夢の世界へ旅に出た。だから旅から戻ったら、朝になったら、またお早うと言って始まるのだ。
「お早う遊馬」
 もう、朝だ。畳む