歪曲の正当性・天城兄弟とMr.ハートランド。・自分の行動が家族愛からなのか自分が縋ってるだけなのか分からなくなってきたカイトくん。・カイトがちょっと病んでる。#カイト 続きを読む 「君が求めているものは何だね? 愛かね? それとも救いかね?」 ハートランドはそう言って俺の顔をじいっと覗き込んできた。じいっと、と表現したのは、その顔には浮かべられた聖者のような笑みの柔らかさとは裏腹なねちっこい何かが一緒に張り付いているように見えたからだ。一歩間違えばにやにや。そんな笑い顔だった。 「何故そんな質問をするのですか」 俺の声はいつも通り単調な、冷静な声だ。そのはずだ。表情を崩さないままMr.ハートランドは背を伸ばして、ぐっと落としていた頭を元の位置へと直した。それからスーツの裾を引っ張って皺を伸ばし、改めて俺を見た。演技染みた雰囲気が男の所作を作り物のように見せる。 「なあに、私への視線に混じっているものがあるから。寂しいかね? 弟と、たった二人で生きるこの世は」 苛々した。ハートランドの、全部分かっているんだよと言いたげな言葉は気持ちが悪かった。相手の心を見透かしているような会話。だがそこにはいくつもの絡まり合った線がある。こいつは分かっているようで分かっていない。 「いえ何も」 「ハルトを救う以外は?」 救う。 本当に、救えるのか? いつも疑問を抱きながら俺はハルトに会っていた。それがいつ暴かれるか、その瞬間に怯えながら。「はい。ハルトを救う以外に、目的はありません。残りは手段だけです」自分が口にした言葉に嘘はなかった。けれどもずん、と体内に滲んだ何かが、俺を嘲笑う。 ふむ。一息ついて、その顎に添えられていたハートランドの右手がぬらりと動いて俺の頭に置かれた。咄嗟に退けようとしたのに出来なかったのは、そのあまりの自然さ故だ。 「カイト。人間になりたいなら、他人に甘えることだよ。さて君は、再び人間として生きたいかな? 自分はどう生きたいか考えたことはあるかね?」 そう言い残してハートランドは部屋を去っていった。俺の頭には生温い残像だけが残っている。髪に手をやると、少し崩れたそれに触れた。完璧に整えたはずの俺の全てを崩していく、あの男が、気に入らなかった。 ハルト。俺の唯一の道標。俺の理由であり理念。ハートランドシティの遊園地は毒々しいネオンライトに彩られて輝いている。夢を生み出し、夢に酔わせる空間を、ハルトは冷めた目で見下ろしていた。 「なぁハルト、今日はどんな一日だった? 兄さんに聞かせてくれ」 「兄さん」 「なんだ?」 「あれ、どうしてハート型にしたのかな」 弟が指差したのはピエロが手にしている風船だった。いくつもの風船を手にして、道行く子供達に渡しているピエロ。白い面に描かれた流線型も不自然に上がった口角も不気味で、遊園地には不必要なものに思える。夢の中で踊るあいつは心の形をした割れ物を配っている。 「あの人はどうして偽物の心を配っているんだろうね」 ハルトはそう呟いて、ふふ、と小さく笑った。硝子窓に置かれた小さな掌が、その向こうの夜闇にずるりと溶け込んでいきそうだった。その手に右手を重ねた。このまま窓が割れればハルトも俺もこの塔から落ちて死ぬ。あの夢の世界に落ちて死ぬ。 「あいつが偽物だからだ。偽物だから、偽物の心しか持ってないからだ。偽物だから……俺達の立っている場所はあんなまがい物なんかじゃない、もうすぐその偽物は崩れるんだ、俺が壊してやるんだ……」 ハルトは震えていた。手から伝わるそれは俺の全身に巡った。いや違う震えているのは俺だ。俺の手が、ハルトと繋がる掌が震えているのだ。何故だ。 「兄さん、怖いの?」 窓に映り込んだハルトの顔、その口元が綻んでいるのが見えた。その上には俺が居る。青白く、強張らせた表情で、何に怯えているんだお前は。 「怖く、ないさ。お前が居るから」 ピエロは眼下で笑っている。泣きながら、嘲笑っている。夢の中で。 ハルトに縋る俺の感情が果たして親愛と呼べるものなのか判断が付かない。それは偶像崇拝に近い、祈りなのではないか。ほどけた俺の片隅が絡み付くための拠り所。ハートランドの言葉は俺の崩壊を誘う。他人に甘えろとあいつは言う。他人とは、誰だ。俺はハルトしか知らない。ハルトの全てが俺の知る全て。だが其処に俺は居るのか? 俺は何処に存在しているのだ。委ねた先に居ないのならば。 「ハルト、ハルト、俺は此処に居るか?」 硝子の中からハルトが答えた。 「居るよ。兄さんは、僕と同じ場所に居るんだよ。ずっとね」畳む ZEXAL 2023/06/10(Sat)
・天城兄弟とMr.ハートランド。
・自分の行動が家族愛からなのか自分が縋ってるだけなのか分からなくなってきたカイトくん。
・カイトがちょっと病んでる。
#カイト
「君が求めているものは何だね? 愛かね? それとも救いかね?」
ハートランドはそう言って俺の顔をじいっと覗き込んできた。じいっと、と表現したのは、その顔には浮かべられた聖者のような笑みの柔らかさとは裏腹なねちっこい何かが一緒に張り付いているように見えたからだ。一歩間違えばにやにや。そんな笑い顔だった。
「何故そんな質問をするのですか」
俺の声はいつも通り単調な、冷静な声だ。そのはずだ。表情を崩さないままMr.ハートランドは背を伸ばして、ぐっと落としていた頭を元の位置へと直した。それからスーツの裾を引っ張って皺を伸ばし、改めて俺を見た。演技染みた雰囲気が男の所作を作り物のように見せる。
「なあに、私への視線に混じっているものがあるから。寂しいかね? 弟と、たった二人で生きるこの世は」
苛々した。ハートランドの、全部分かっているんだよと言いたげな言葉は気持ちが悪かった。相手の心を見透かしているような会話。だがそこにはいくつもの絡まり合った線がある。こいつは分かっているようで分かっていない。
「いえ何も」
「ハルトを救う以外は?」
救う。
本当に、救えるのか? いつも疑問を抱きながら俺はハルトに会っていた。それがいつ暴かれるか、その瞬間に怯えながら。「はい。ハルトを救う以外に、目的はありません。残りは手段だけです」自分が口にした言葉に嘘はなかった。けれどもずん、と体内に滲んだ何かが、俺を嘲笑う。
ふむ。一息ついて、その顎に添えられていたハートランドの右手がぬらりと動いて俺の頭に置かれた。咄嗟に退けようとしたのに出来なかったのは、そのあまりの自然さ故だ。
「カイト。人間になりたいなら、他人に甘えることだよ。さて君は、再び人間として生きたいかな? 自分はどう生きたいか考えたことはあるかね?」
そう言い残してハートランドは部屋を去っていった。俺の頭には生温い残像だけが残っている。髪に手をやると、少し崩れたそれに触れた。完璧に整えたはずの俺の全てを崩していく、あの男が、気に入らなかった。
ハルト。俺の唯一の道標。俺の理由であり理念。ハートランドシティの遊園地は毒々しいネオンライトに彩られて輝いている。夢を生み出し、夢に酔わせる空間を、ハルトは冷めた目で見下ろしていた。
「なぁハルト、今日はどんな一日だった? 兄さんに聞かせてくれ」
「兄さん」
「なんだ?」
「あれ、どうしてハート型にしたのかな」
弟が指差したのはピエロが手にしている風船だった。いくつもの風船を手にして、道行く子供達に渡しているピエロ。白い面に描かれた流線型も不自然に上がった口角も不気味で、遊園地には不必要なものに思える。夢の中で踊るあいつは心の形をした割れ物を配っている。
「あの人はどうして偽物の心を配っているんだろうね」
ハルトはそう呟いて、ふふ、と小さく笑った。硝子窓に置かれた小さな掌が、その向こうの夜闇にずるりと溶け込んでいきそうだった。その手に右手を重ねた。このまま窓が割れればハルトも俺もこの塔から落ちて死ぬ。あの夢の世界に落ちて死ぬ。
「あいつが偽物だからだ。偽物だから、偽物の心しか持ってないからだ。偽物だから……俺達の立っている場所はあんなまがい物なんかじゃない、もうすぐその偽物は崩れるんだ、俺が壊してやるんだ……」
ハルトは震えていた。手から伝わるそれは俺の全身に巡った。いや違う震えているのは俺だ。俺の手が、ハルトと繋がる掌が震えているのだ。何故だ。
「兄さん、怖いの?」
窓に映り込んだハルトの顔、その口元が綻んでいるのが見えた。その上には俺が居る。青白く、強張らせた表情で、何に怯えているんだお前は。
「怖く、ないさ。お前が居るから」
ピエロは眼下で笑っている。泣きながら、嘲笑っている。夢の中で。
ハルトに縋る俺の感情が果たして親愛と呼べるものなのか判断が付かない。それは偶像崇拝に近い、祈りなのではないか。ほどけた俺の片隅が絡み付くための拠り所。ハートランドの言葉は俺の崩壊を誘う。他人に甘えろとあいつは言う。他人とは、誰だ。俺はハルトしか知らない。ハルトの全てが俺の知る全て。だが其処に俺は居るのか? 俺は何処に存在しているのだ。委ねた先に居ないのならば。
「ハルト、ハルト、俺は此処に居るか?」
硝子の中からハルトが答えた。
「居るよ。兄さんは、僕と同じ場所に居るんだよ。ずっとね」畳む