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@kai_mutterの二次創作置き場

オタクが常にジャンルを反復横跳びしてる

Ai遊←←←了
・どうしようもない三人。
#Ai遊 #現代パラレル

 分かってるんだろう、そいつがいるからお前は駄目になるんだ。了見の口から出た言葉には怒りよりも呆れが多く含まれていた。割合としては怒りが二割、呆れが八割という程度であった。アパートの入口、困ったような顔をする遊作に責める気はないんだとひっそり弁解する。お前は駄目じゃない、駄目にされているんだ、お前は悪くないんだ。今日だって制服に着替えていたんじゃないか、登校するつもりだったんだろう? お前は生来困っている他者を放っておけないお人好しな人間なんだ。だがもういいだろう、戻ってくれ私の知っているお前に。
「なぁ、それってオレのこと?」
「Ai」
 突如、ぬっと、遊作の背後から腕が生えた。二本の腕は遊作に絡まり、蔦が壁を巻き込んだように離れない。わざとそのような所作で現れる男は了見の機嫌を損ねることが得意中の得意である。これまで受けた挑発、嘲笑、侮蔑は了見の性格を悪化させたに違いなかった。従前は柔和であったはず。しかしここ最近は、対Aiに特化したものといえども、貶し言葉が格段に増えている。
「学校は明日行けば良いんじゃないの? 鴻上先生はこう言ってるけどよ」
「黙れ、貴様は関係ない」
 舌打ちをした了見へ寄越す視線の、見下したその性質にAiを「愚鈍な莫迦野郎」と内心罵る。ぎらついた目はナイフより鋭く、その冷徹さは殺意すら帯びていた。敵。この男は敵だ。鴻上了見にとっての敵は人類の敵となる。
「なぁ、遊作」
 Tシャツから伸びた腕は血色に欠けていた。なま白く、生命の鼓動というものを感じないのが、初めて見た時から了見の嫌悪感の一因になっていた。それが遊作を後ろから抱く恰好でいる。肩から首に絡んで、ぐっと力を籠めればぼきりと折れてしまうかもしれない、妙な不安を感じさせるのだった。何だってこんな男を拾ってしまったのだろうか――幼馴染の少年の思考が理解できない。
 得体の知れない男を『拾った』などと素っ頓狂なことを言い出した時、了見は自分の耳が壊れたものだと思った。だが半年前、遊作は確かにそう言い確かに男をアパートへ上げ同居生活を開始した。この際、事前相談など一切なかったことが了見へこの上ない衝撃を与えた。これまで夕飯の買い出しから高校のテスト勉強まですべて見ていたのは自分で、それが自分の役割であったし特権であったのに、遊作が奇妙な――道化のような不気味さを持ち合わせている――この男と出会った時からそれらはすべてお役御免となったので、今の了見は単なる幼馴染に成り下がってしまった(少なくとも本人にとっては)のであった。ある日突然、白紙の予定表を渡された気分だ。今日も明日も明後日も遊作との予定はすべて帳消しで未定。苛立ちは半年間ずっと蓄積され、Aiに会うたびに武器と化して放たれる。
「なぁ、遊作」
 少年の肩が跳ねる。また名前を呼ばれたからではなかった。
「うっ……」
 遊作の首筋を舐めた。男が、べろり、と。いま、舐めたのだ、私が、昔から、渇望していたあれを!
「おべんきょーならオレが教えてやってんじゃん?」
「そう、だな……」
「メシだってオレが作ってるし」
「ああ、……っ」
 二言三言の会話の間も、舐めたり頬ずりしたり、あまつさえ耳朶に口づけたりする。ちゅ、と音を立てて、聞こえるように。斜陽の中で行われる愛撫は了見の知る遊作を知らない遊作にする。十六歳の体躯をびくびくさせながら、狼狽える目をもって何かに耐える姿、そんなものは遊作ではないのに――この光景を了見は何度も目にしていた。青年がこのアパートに足を運ぶたび、Aiによって繰り広げられるこの『劇場』を見せつけられていたからだ。にやついた目で、しかしその内部には金色の色欲を宿らせて、遊作を篭絡せんとする男の存在は不要物そのものであった。
 排除が必要だ。
 腹立たしい。もっとも、それを受容している遊作に対しても。しかし少年を糾弾することはできなかった、この少年の中にあるひとりぼっちの星が嘆き哀しみながら日々を回転していることを了見はよくよく知っていたから。いわば孤独な生命体が孤独な星に降り立ったのを監視者らは観測したのだった。その正体が宇宙デブリ以下であると知っていたなら、あるいは事前に検知できていたなら、了見はいま制服の襟を男の涎で濡らす遊作を見るなんてことはなかった。その気になれば撃ち落とすなり締め上げるなり好きにできたのに、遊作自身が望んでしまっている現状があって、当の本人が「良いんだ」とのたまうのであれば手が出しにくい。
 Aiを取り上げれば遊作はきっと泣くだろう。幼い子どものようにわんわん泣くのだろう。
「なぁなぁ、オレ悪いことした?」
「いや、Aiは……すまない了見、また連絡する」
 遊作はこういう時、被害者の顔をする。それは無意識に、たとえば籠城した犯人に少しずつ絆されていくものだったかもしれなかった。どうしようもない顔をしてどうしようもないことを言う少年に自分は何と返せば良かったのだろう? 了見にはずっと分からない。自分は少年の星には辿り着けなかったのだ。
「じゃあなーもう来んなよ」
 軽い調子で扉を閉めるAiは笑っていた、この上なく愉快そうに。境界線を隔てて夕陽は途切れた。その中に突っ立ったまま、了見は暫し前を睨み付けていた。
 安いアパートの分厚くない扉だ、青年ほどの体格であれば蹴飛ばしてしまえば中に入ることはきっと容易い。だが、おそらく何かが崩壊する予感がしていた。遊作の中で絶妙な均衡を保っている何かが、自分の手によってばらばらになるような。恐れているのだ。ゆえに実行できない自分が心底憎かった。しかしそれ以上に、頬を引き攣らせた遊作の顔に欲情した自分を心底殺したくなった。
 あの金色の目は同類を憐れむものである。
 う、と聞こえた呻き声は了見自身のものだ。膨れ上がった熱のせいで了見の舌はざらざらに乾いていた――これを遊作の喉元に這わせたら一体どんな声が聞こえるのだろう――帰ったら抜く。畳む