スプリング・ハズ・カム・大学生のジムと剣山がしゃべってるだけ。#現代パラレル 続きを読む 毎度毎度もううんざりだと思っているのだが、今しがた吐いた溜息など関係ないとでもいうように今年も幹事役は剣山の元に訪れた。新入生歓迎会なんて開いたところで、酔い潰れた後輩の面倒を看る為だけに一晩を費やさなければならないのだ。想像するだけで嫌な予感しかしない。吐かせて掃除をして居酒屋の店主に謝るまでが様式美なのかと言いたいほど、春の通過儀礼となってしまっている気がする。 右手でスマートフォンをいじりメールを準備する。一斉送信する宛先に入れられたのは「化石愛好会」に登録された部員達だ。前もって口頭で連絡はしてあるが確認も兼ねてメールをしておこうと、剣山は本文に歓迎会の案内を打ち込んだ。歩きながらいじっていると人にぶつかるので止めるべきだと注意喚起をするポスターを横目に学内を進む。すると聞こえてくるのは周囲を行き交う生徒達の「新歓いつ?」という話題であった。入学式からまだ半月も経っていないこの時期、居酒屋は何処もかしこも歓迎会のおかげで満員御礼の看板だらけなのは言うまでもない。無論、予約をしていないなどという手抜きが剣山にあるわけもなく、四回目となった今年も彼の中で手順化された方法に従いセッティングが完了していた。 桜の舞う季節は強制的に眠りに誘われるのか、剣山の瞼は画面を見つつも緩い陽射しに重くなっていく。今日は用も済んだしもう帰るか。送信ボタンをタップしてジャケットのポケットにスマートフォンを仕舞った時、彼は目の前で手を上げている人物に気が付いた。「ダイノボーイ!」 何故季節を問わずテンガロンハットを被っているのか。春の陽気の中で殊更主張している西部劇のようなファッションに、剣山は何度も問おうとして止めた質問を脳裏に思い出した。それに今ではその帽子が無ければ違和感を覚えてしまうくらい慣れてしまって、彼の立派な構成要素と化していることだし、きっとこのまま卒業まで訊ねることは無いだろう。「その呼び方、勘弁してくれザウルス」「君がその口調でトークしている限りドンストップ」 もうジム・クロコダイル・クックはこういう奴なのだと思うしかない。いや、留学生は全員彼のようにからから笑って受け流す人間ばかりなのか? 見ているとそう疑いたくなるが、他の留学生には必ずしもその法則は当てはまらないので彼等の名誉の為にも止した。やはりジムが少し変わっているのだと結論付けておく。家では鰐を飼っているし(彼に言わせると家族らしい)、化石愛好会の中でもずば抜けて化石を愛し、しかも考古学にも目を見張る程精通しているし、少なくとも剣山にとってジムは特殊に分類されるべき男であった。恐竜を連想させる風貌の剣山も他の学生からしてみると大概特殊なのであるが、大部分の人間は自分のことには案外気が回らないものだ。首を振って、剣山は牙を模ったピアスをちゃらちゃら揺らした。「これは俺のアイデンティティだドン」「じゃあノープロブレムじゃないか。そういえばサンクス、ちょうどメールが届いたよ。ウィークエンド、サタデーナイトフィーバーだな」「何で俺が幹事をやらなきゃ駄目なんだドン? お前も同じ四回生なのに不公平ザウルス」「俺は仕切るタイプじゃない、サポート役が似合ってるのさ」 まるで言い訳にしか聞こえない言葉だが、ジムは至って本気のようだった。確かに一回生の頃から彼がどんな飲み会でも欠かさず参加し続け、剣山を手助けしていたのは事実である。幹事が潰れるわけにはいかないと剣山が意識的にアルコールを手にしないようにしている一方、ジムは所謂ザルで、強い酒でも何のことはなくまるで歯が立たないのだ。彼と飲み比べに挑戦しては己の命が危ないとそこかしこで噂されている恐るべき男。やはり外国人だから体質が違うのか……そう何度剣山が思ったか、図の知れない留学生はメッセンジャーバッグを背負い直して浮かない顔の青年と共に歩き出した。背の高いジムと平均的な身長の剣山が並ぶと凸凹としてまた目立つ。「幹事も今年でラストだろう? テイキットイージー。また俺がフォローするよ」「テイキットイージーなのはいつもそっちだドン……」「そんなことより聞いてくれ、ニュースだ! 恐竜博物館がまたニューフェイスを迎えたらしい! 会のアウティングにベストだと思うんだが、来月どうだい?」 情報の速さがまた彼の化石好きを裏付けている。花弁と一緒に下りてくる睡魔と週末を予想して先取りした疲労感が剣山の双眸を淀ませそうにしているのに対し、ジムは新しく発掘されたという化石の話題に目を輝かせて身振り手振りで伝えてくるのだが、長い両手が解説してくれる内容にもいつもなら心躍る筈がこの時期に限っては自分を興奮させるどころか嘆息させてしまうのが恐竜に申し訳ない。楽しみが増えると面倒なことが対照的に一層面倒に思えてしまう。辛気臭い顔をしていても仕方がないとは分かってはいても剣山は重い足取りを今以上軽くすることが出来ず、先を行くジムが立ち止まる度に元気付けられて大学を後にした。畳む GX 2023/06/10(Sat)
・大学生のジムと剣山がしゃべってるだけ。
#現代パラレル
毎度毎度もううんざりだと思っているのだが、今しがた吐いた溜息など関係ないとでもいうように今年も幹事役は剣山の元に訪れた。新入生歓迎会なんて開いたところで、酔い潰れた後輩の面倒を看る為だけに一晩を費やさなければならないのだ。想像するだけで嫌な予感しかしない。吐かせて掃除をして居酒屋の店主に謝るまでが様式美なのかと言いたいほど、春の通過儀礼となってしまっている気がする。
右手でスマートフォンをいじりメールを準備する。一斉送信する宛先に入れられたのは「化石愛好会」に登録された部員達だ。前もって口頭で連絡はしてあるが確認も兼ねてメールをしておこうと、剣山は本文に歓迎会の案内を打ち込んだ。歩きながらいじっていると人にぶつかるので止めるべきだと注意喚起をするポスターを横目に学内を進む。すると聞こえてくるのは周囲を行き交う生徒達の「新歓いつ?」という話題であった。入学式からまだ半月も経っていないこの時期、居酒屋は何処もかしこも歓迎会のおかげで満員御礼の看板だらけなのは言うまでもない。無論、予約をしていないなどという手抜きが剣山にあるわけもなく、四回目となった今年も彼の中で手順化された方法に従いセッティングが完了していた。
桜の舞う季節は強制的に眠りに誘われるのか、剣山の瞼は画面を見つつも緩い陽射しに重くなっていく。今日は用も済んだしもう帰るか。送信ボタンをタップしてジャケットのポケットにスマートフォンを仕舞った時、彼は目の前で手を上げている人物に気が付いた。
「ダイノボーイ!」
何故季節を問わずテンガロンハットを被っているのか。春の陽気の中で殊更主張している西部劇のようなファッションに、剣山は何度も問おうとして止めた質問を脳裏に思い出した。それに今ではその帽子が無ければ違和感を覚えてしまうくらい慣れてしまって、彼の立派な構成要素と化していることだし、きっとこのまま卒業まで訊ねることは無いだろう。
「その呼び方、勘弁してくれザウルス」
「君がその口調でトークしている限りドンストップ」
もうジム・クロコダイル・クックはこういう奴なのだと思うしかない。いや、留学生は全員彼のようにからから笑って受け流す人間ばかりなのか? 見ているとそう疑いたくなるが、他の留学生には必ずしもその法則は当てはまらないので彼等の名誉の為にも止した。やはりジムが少し変わっているのだと結論付けておく。家では鰐を飼っているし(彼に言わせると家族らしい)、化石愛好会の中でもずば抜けて化石を愛し、しかも考古学にも目を見張る程精通しているし、少なくとも剣山にとってジムは特殊に分類されるべき男であった。恐竜を連想させる風貌の剣山も他の学生からしてみると大概特殊なのであるが、大部分の人間は自分のことには案外気が回らないものだ。首を振って、剣山は牙を模ったピアスをちゃらちゃら揺らした。
「これは俺のアイデンティティだドン」
「じゃあノープロブレムじゃないか。そういえばサンクス、ちょうどメールが届いたよ。ウィークエンド、サタデーナイトフィーバーだな」
「何で俺が幹事をやらなきゃ駄目なんだドン? お前も同じ四回生なのに不公平ザウルス」
「俺は仕切るタイプじゃない、サポート役が似合ってるのさ」
まるで言い訳にしか聞こえない言葉だが、ジムは至って本気のようだった。確かに一回生の頃から彼がどんな飲み会でも欠かさず参加し続け、剣山を手助けしていたのは事実である。幹事が潰れるわけにはいかないと剣山が意識的にアルコールを手にしないようにしている一方、ジムは所謂ザルで、強い酒でも何のことはなくまるで歯が立たないのだ。彼と飲み比べに挑戦しては己の命が危ないとそこかしこで噂されている恐るべき男。やはり外国人だから体質が違うのか……そう何度剣山が思ったか、図の知れない留学生はメッセンジャーバッグを背負い直して浮かない顔の青年と共に歩き出した。背の高いジムと平均的な身長の剣山が並ぶと凸凹としてまた目立つ。
「幹事も今年でラストだろう? テイキットイージー。また俺がフォローするよ」
「テイキットイージーなのはいつもそっちだドン……」
「そんなことより聞いてくれ、ニュースだ! 恐竜博物館がまたニューフェイスを迎えたらしい! 会のアウティングにベストだと思うんだが、来月どうだい?」
情報の速さがまた彼の化石好きを裏付けている。花弁と一緒に下りてくる睡魔と週末を予想して先取りした疲労感が剣山の双眸を淀ませそうにしているのに対し、ジムは新しく発掘されたという化石の話題に目を輝かせて身振り手振りで伝えてくるのだが、長い両手が解説してくれる内容にもいつもなら心躍る筈がこの時期に限っては自分を興奮させるどころか嘆息させてしまうのが恐竜に申し訳ない。楽しみが増えると面倒なことが対照的に一層面倒に思えてしまう。辛気臭い顔をしていても仕方がないとは分かってはいても剣山は重い足取りを今以上軽くすることが出来ず、先を行くジムが立ち止まる度に元気付けられて大学を後にした。畳む