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@kai_mutterの二次創作置き場

オタクが常にジャンルを反復横跳びしてる

類似
・十代卒業前の話。
・ブルー寮の食堂でごはんを食べる。
#亮十

 丸藤亮という人間は自分とは離れたところに立つ者だと本当は思っていたのかもしれない。机を挟んで向かいに座った青年を眺めながら、十代は互いが共有した決して長いとは言えない学園生活を思い返してみた。闘いの場に限らず、例えば名が知られているがために学園内では一人で過ごす時間が多かったことや、気軽に話しかけられるような存在ではないと思われていたことなどが、ふと十代が丸藤亮に対しそう思い至った要因である。もしかしたら自分も色眼鏡で見ていた大勢の中の一人ではなかっただろうか。或いは知らぬうちに。そうであったなら、今の丸藤亮が自分が遠くから見ていたかもしれぬ彼と違うことは、非常に喜ばしいことだ。昔の自分達ではきっと、二人だけで食事をするなど思いもよらなかっただろうから。

「前にさ、あんた昼飯一人で食ってたことあったろ。この食堂の窓際で」
「よく覚えているな」
「ギャラリーに囲まれて目立ってた。その時、えらく丁寧に食べてるなって思ったんだよな」
 十代の持つフォークが銀色に輝いて、その前に置かれた皿へと突っ込まれた。容赦ない一撃。バランス良く盛り付けられていたパスタの山が跡形もなく崩れる。山頂のカットトマトは落石へと変わり、周りを取り囲む挽肉の崖へごろごろと落ちていった。しかし構うことなく彼はパスタをくるくると三本の槍に絡ませ、大きく開けた口へと運ぶ。どうやら食いっぷりの良さはこの三年間変わらなかったようだ。そう見届けてから、亮もまた注文した料理に手を付けた。同じメニュー、同じように渦を巻いたパスタの一角をフォークで抉り取り、無残にも破壊する。その拍子に、射し込んだ昼下がりの光を受けて、皿の上の油がてらてらと白く反射した。
 向かい合って食事をするのは亮が卒業してからは余計に機会がなく、二人にとって久々の出来事だった。最後にブルー寮の責任者に頼んだ甲斐があったな、と亮の中に年甲斐もない満足感が湧いてくるのも致し方ないだろう。次に会えるのはいつになるだろうか、分からない。もしかしたら遠い未来になって漸く会えるのかもしれない。そんな不確定要素が溢れた道の上に、彼等は立っていた。
「どうだ」
「んん、ほれふふぁひは」
「飲み込んでから言え」
「……んん、これうまいな、ブルー寮の生徒っていつもこんなもん食ってんの?」
「多分な」
「でもさ、カイザーって前はもっと綺麗に食ってた気がするんだけど」
 十代の言う『前』とは、先程言っていた、一人だけの食事風景のことであろう。青年の頭がそう推測する。この学生寮独自の手の込んだ食事は目で楽しむことも考慮されていて、繊細な飾り付けや工夫を凝らした料理も少なくない。確かに、皿の上の小さな作品をむやみに取り壊すのは気が進まなかったことを思い出す。ならば今、自分の前に在るものは、かつて僅かながらも芸術性が窺えた料理とは異なるのだろうか。いいや、其処には学生時代と同じ性質を持ったものが存在している。ならば変化したのは料理の方ではない。
「お前の所為かもな」
 ぽそりと呟いて、青年はまたパスタを絡め取る。以前の丸藤亮にはない少々手荒な食べ方は、まさしく十代のそれに近かった。見た目の美しさ云々よりも食事という行為に重きを置いたテーブルマナー。だが直そうと考えたことは一度もなかった、と言うのも彼は十代に指摘されて初めて気付いたからだ。それは同時に、指摘してくるような相手が居なかったことを意味していた。正面で頬張る赤い制服の男を除いては。
 気付くことも気付かれることも、誰かと共に居なければ起こり得ない。
「俺の所為? 何でだよ」
「お前が入学してきて、何故かお前と居る時間が増えたからな」
「何だよそれ、つまり俺に似てきたってことか? じゃあ俺もカイザーに似てきた部分があるかもな」
 少しばかり大人びた目でそう口元を緩める十代の中には、彼が言うように、彼と過ごしてきた自分が映り込んでいるかもしれない。否、そう期待した。この食卓を離れてしまっても、自分との時間が十代の一部となり続ければいい。そんな風に記憶の内側から影響し合って、いつかまた食事をする時が来て、今日のような風景になればいいと亮は思った。ならば行儀の悪いテーブルマナーを正す必要がどこにあるだろうか? やっと自分のものとなった十代の一部を。畳む