懺悔の朝・片思いに悩むブルーノ。#ブル遊 続きを読む ねえボク遊星のこと好きなんだ。俺もだブルーノ。やったー! はは、両手をあげて喜ぶなんて子どもみたいだな。なんていう夢を見たせいでブルーノの寝起きは最低最悪だった。ジャックに叩き起こされる前に、もっと言えば日が昇る前に目が覚めて良かったのかもしれない。これが太陽のきらめく爽やかな朝で、遊星に「おはようブルーノ」なんて声をかけられていたならば、多分ぽろっと言っちゃってただろうな――言葉にするのがこれほどまでに危険を伴うことを彼は最近知ったのだ。口にしたならボクらの関係性はがらりと変わってしまう、もう二度と前のボクらでは居られなくなる。夜明け前の臆病な犬はひとりソファに座り直した。向かいでは遊星が静かに机に突っ伏していて、失念していた自分の口から「うわっ」と叫び声が上がりそうになるのを必死で堪えた。叫びにはならなかったが、ひい、という息絶える寸前のような声は微かに出た。遊星、また机で寝たんだ……ていうかそれは寝ているの? シャッターを開けるのも扉を開けるのも彼を起こしてしまいそうで、ブルーノはしばらく青年を眺めることにした。夢の中で彼はブルーノの幼く愚直な告白をただ感受した。その姿が自分の『理想の遊星』であることがひどく浅ましく思えた。自分の欲望のままに相手をかたどって、まるでクッキーの型抜きのように――ほんと人間って自分勝手だなぁ。あぁ、そういえばボクは人間じゃなかったんだっけなぁ。これも夢だったら良かったなぁ。ひそやかな愛情も腹の奥底に眠る欲求も、きっと彼に告げる日はやってこない。だってボクは彼とは違うんだ。肉体どころか精神も、信条も、記憶も、何もかも!「ブルーノ、どうしたんだ」 は、と目が覚めた時、視界いっぱいに遊星がいて、遂にブルーノは「うわっ」と声を上げた。「おはようブルーノ。何だか唸っていたが大丈夫か?」「あ、あぁ……ごめん……」「もし体調が悪いなら教えてくれ」 頷くと、遊星は離れていった。その周りで朝日が眩しかった。いつの間にか二度寝していたらしい、自分を覗き込んでいた遊星の姿はついさっき起きましたとは言い難く、服装も深夜見たものと違う。既にD・ホイールの調整作業に着手しているようだ。壁の時計を見ると日が昇る時間から一時間は経過していて、一体自分はどれほど彼を眺めていてどれほど自己嫌悪に苛まれていたのだろうかと思い出そうとするものの、ぶつんと途切れた映画のようにブルーノの中には何も残っていなかった。頭を抱えた。夢みたいに、理想みたいに、変なこと口走ってなければいいけれど。静かな朝の牢獄のなか、ブルーノの手はうっすら汗を滲ませた。沈黙からは遊星の気遣いが感じられるからこそ、何も言葉にならなかった。 ただ、向かいで作業をする遊星が、二人以外存在しないこの時が、おそらくもう二度とやってこないのだろうなとだけ思った。透明な光に塵がきらめいて、遊星がブランケットを掛けてくれていたことに今更気付く。その事実に幸福感がふつふつと湧き上がってきて、ブルーノはソファに再び身を委ねた。どうしようすごく嬉しい。勢いよく沈んだために座面がぎぎっと軋んだが、ありがたくも寂しくも遊星は何も言わなかった。衝撃で塵芥がぶわわと舞い上がるさまに、今日は絶対に掃除しようと決め込む。 いまだ夢見心地のブルーノの目が、半分瞼に隠れたままで、天井を見上げた。この蓋を取っ払い、骨組みだけになった建物を想像する。その先のずっと先にある宇宙から、遊星を照らす光の帯が降り注いでくることが感慨深い。遠くて遠くて、だからあたたかくて、彼を灼熱の渦に抱き込まないためにはそれほど距離を保たなければならないのかと思うと極めて悲しく、ブルーノの憐憫を誘った。ボクなら耐えられそうにない、いっそのこと広大な宇宙平野の端に置き去りにされたほうがましなくらいだ。しかし結局はどちらも嫌で、多少想像しただけで喉元に刃物が当てられたような寒気が走って身震いする。近過ぎず遠過ぎず、遊星を見守る位置関係はぬるま湯に浸され、今日のような日は無性に苦々しく思えた。 ふと、ブルーノは足元だけがやけにあたたかいことに気が付いた。天井から視線を移す。太陽が被さって、脛から爪先までを包んでいる。それを見て、もし自分の心が本当に存在するならばきっと圧縮された太陽と同等だろうなと考えた。慕う相手の無垢な優しさに溺れる自分が考えられる、最大の持論だった。膨大なエネルギーがひとつの塊となり、ぐらぐら煮えたぎりながら自分の中心で燃えている。恋というものが宝石のように美しければ、自分はこんなにも苦しまずに済んだのだろうな。磨いて、見せびらかして、大切にしただろう。けれども熱情はゆっくり、ゆっくりと止まることなく周り続け、どんどん膨張していく。間もなくブルーノの観察下を逃れる。その時、果たしてどうなるのだろうか? 太陽の表面温度は約六千度、浮かれて馬鹿になった自分を焼き殺すには十分過ぎる温度だ。ブルーノはその恒星へ電波を一つ送ることにした。ボクきみのことすきだよ。きっとずっと、遠い未来のあの時から、君のこと好きだったんだね。その通信はフレアに触れて一瞬で焼き切れた。畳む 5Ds 2023/06/10(Sat)
・片思いに悩むブルーノ。
#ブル遊
ねえボク遊星のこと好きなんだ。俺もだブルーノ。やったー! はは、両手をあげて喜ぶなんて子どもみたいだな。なんていう夢を見たせいでブルーノの寝起きは最低最悪だった。ジャックに叩き起こされる前に、もっと言えば日が昇る前に目が覚めて良かったのかもしれない。これが太陽のきらめく爽やかな朝で、遊星に「おはようブルーノ」なんて声をかけられていたならば、多分ぽろっと言っちゃってただろうな――言葉にするのがこれほどまでに危険を伴うことを彼は最近知ったのだ。口にしたならボクらの関係性はがらりと変わってしまう、もう二度と前のボクらでは居られなくなる。夜明け前の臆病な犬はひとりソファに座り直した。向かいでは遊星が静かに机に突っ伏していて、失念していた自分の口から「うわっ」と叫び声が上がりそうになるのを必死で堪えた。叫びにはならなかったが、ひい、という息絶える寸前のような声は微かに出た。遊星、また机で寝たんだ……ていうかそれは寝ているの? シャッターを開けるのも扉を開けるのも彼を起こしてしまいそうで、ブルーノはしばらく青年を眺めることにした。夢の中で彼はブルーノの幼く愚直な告白をただ感受した。その姿が自分の『理想の遊星』であることがひどく浅ましく思えた。自分の欲望のままに相手をかたどって、まるでクッキーの型抜きのように――ほんと人間って自分勝手だなぁ。あぁ、そういえばボクは人間じゃなかったんだっけなぁ。これも夢だったら良かったなぁ。ひそやかな愛情も腹の奥底に眠る欲求も、きっと彼に告げる日はやってこない。だってボクは彼とは違うんだ。肉体どころか精神も、信条も、記憶も、何もかも!
「ブルーノ、どうしたんだ」
は、と目が覚めた時、視界いっぱいに遊星がいて、遂にブルーノは「うわっ」と声を上げた。
「おはようブルーノ。何だか唸っていたが大丈夫か?」
「あ、あぁ……ごめん……」
「もし体調が悪いなら教えてくれ」
頷くと、遊星は離れていった。その周りで朝日が眩しかった。いつの間にか二度寝していたらしい、自分を覗き込んでいた遊星の姿はついさっき起きましたとは言い難く、服装も深夜見たものと違う。既にD・ホイールの調整作業に着手しているようだ。壁の時計を見ると日が昇る時間から一時間は経過していて、一体自分はどれほど彼を眺めていてどれほど自己嫌悪に苛まれていたのだろうかと思い出そうとするものの、ぶつんと途切れた映画のようにブルーノの中には何も残っていなかった。頭を抱えた。夢みたいに、理想みたいに、変なこと口走ってなければいいけれど。静かな朝の牢獄のなか、ブルーノの手はうっすら汗を滲ませた。沈黙からは遊星の気遣いが感じられるからこそ、何も言葉にならなかった。
ただ、向かいで作業をする遊星が、二人以外存在しないこの時が、おそらくもう二度とやってこないのだろうなとだけ思った。透明な光に塵がきらめいて、遊星がブランケットを掛けてくれていたことに今更気付く。その事実に幸福感がふつふつと湧き上がってきて、ブルーノはソファに再び身を委ねた。どうしようすごく嬉しい。勢いよく沈んだために座面がぎぎっと軋んだが、ありがたくも寂しくも遊星は何も言わなかった。衝撃で塵芥がぶわわと舞い上がるさまに、今日は絶対に掃除しようと決め込む。
いまだ夢見心地のブルーノの目が、半分瞼に隠れたままで、天井を見上げた。この蓋を取っ払い、骨組みだけになった建物を想像する。その先のずっと先にある宇宙から、遊星を照らす光の帯が降り注いでくることが感慨深い。遠くて遠くて、だからあたたかくて、彼を灼熱の渦に抱き込まないためにはそれほど距離を保たなければならないのかと思うと極めて悲しく、ブルーノの憐憫を誘った。ボクなら耐えられそうにない、いっそのこと広大な宇宙平野の端に置き去りにされたほうがましなくらいだ。しかし結局はどちらも嫌で、多少想像しただけで喉元に刃物が当てられたような寒気が走って身震いする。近過ぎず遠過ぎず、遊星を見守る位置関係はぬるま湯に浸され、今日のような日は無性に苦々しく思えた。
ふと、ブルーノは足元だけがやけにあたたかいことに気が付いた。天井から視線を移す。太陽が被さって、脛から爪先までを包んでいる。それを見て、もし自分の心が本当に存在するならばきっと圧縮された太陽と同等だろうなと考えた。慕う相手の無垢な優しさに溺れる自分が考えられる、最大の持論だった。膨大なエネルギーがひとつの塊となり、ぐらぐら煮えたぎりながら自分の中心で燃えている。恋というものが宝石のように美しければ、自分はこんなにも苦しまずに済んだのだろうな。磨いて、見せびらかして、大切にしただろう。けれども熱情はゆっくり、ゆっくりと止まることなく周り続け、どんどん膨張していく。間もなくブルーノの観察下を逃れる。その時、果たしてどうなるのだろうか?
太陽の表面温度は約六千度、浮かれて馬鹿になった自分を焼き殺すには十分過ぎる温度だ。ブルーノはその恒星へ電波を一つ送ることにした。ボクきみのことすきだよ。きっとずっと、遠い未来のあの時から、君のこと好きだったんだね。その通信はフレアに触れて一瞬で焼き切れた。畳む