聖者の告白・ブルーノが殺人犯で病んでる。・報われない。・暗い。#ブル遊 #IF 続きを読む 俺がいまだにこのブルーノという奴と腐った果物を押し潰したような恋人関係を続けていることには訳がある。自分でもこいつとの関係を「恋人関係」だなどと表現することには大変遺憾なのだが、それ以上もそれ以下にも今のところ適当な言葉が見当たらないのだから勘弁して欲しい。目の前のテーブルに置かれたカップには真っ黒な液体がたっぷりと注がれたままで、時折机上に置かれた俺の手の震えに反応して薄い湯気の上がる水面を揺らしていた。もしかしたら身体の振動ではなく心臓の鼓動が伝わっていたのかも知れない。いやそんなことはどうだっていいのだ。問題はその奥に座って、俺の無表情をさも楽しげに見詰めているブルーノにあった。「どうしたの? 飲まないの?」 ブルーノは柔らかい人の良さそうな笑みを浮かべて、まったりとした声で呟く。その手には俺の前に用意されたものと全く同じカップがあって(中身もきっと同じだろう)、一口啜った後にふぅと一息ついた。「美味しいよ」 この男は、何も返さない俺に対して瞳を少し哀しげに伏せて、己の蒼い髪で隠した。きっと十人中九人は今のブルーノを見て幾ばくか胸を痛めるだろう。それ程までにこの男は他人を抱き込む術に長けていた。けれども残りの一人は決してそうはならない。何が起こっても同情などしない。それは、俺だからだ。「ねぇ遊星、この間セキュリティの人が来てたよね」 橙色の電灯が上から俺達を照らし続けている。身体の影が机に映し出されて、カップの白と対照的なそれを眺めながらブルーノの話を頭の中で反芻した。セキュリティの人とはクロウのことを指しているのだろう。三日前、このコンドミニアムに親友のクロウが来た。その時の心配そうな彼の顔が浮かぶ。無論クロウはブルーノが居ない時を見計らって来たはずなのだが、それを知っているということは何処かで俺を見ていたに違いない。本当にこいつの執着心には呆れる。「……・聞くまでもないだろう、お前のことだ」「ボクはもう釈放されたのに、まだ監視されなくちゃならないの」「俺が、お前を殺していないか確認しに来たんだ」 真実だった。セキュリティに勤めているクロウは、俺とブルーノの経緯を全て知っている。如何してブルーノが釈放後俺と今のような関係になったのかまで、全部。「あぁ、そういうことかぁ」 ふふ、と、そう言ってブルーノは幸せそうに笑った。幸せそうに。その表情は俺は立ち上がらせ、ブルーノの胸倉を掴み上げるのに十分な要因だった。衝撃でブルーノが持っていたカップからコーヒーが零れて机の木目に広がる。じわじわ領土を拡大していく黒い染みは、俺の中に巣食った憎しみの塊のようだった。ぽたぽたと、ブルーノの指から苦い憎しみが滴り落ちる。「あー零れちゃった……・酷いよ遊星」「俺はお前を許さない」「なら、どうして殺さないの」「まだ殺さない。お前が本当に俺を愛した瞬間、お前を殺す」 俺に胸倉を掴まれたまま、けれどもブルーノは視線を落として俺とは目を合わさずに居る。見下ろす俺はきっと悪魔のように冷酷な目をしていることだろう。或いは死神の如くブルーノの首元に鎌を引っ掛けているように見えるかも知れない。全身から滲み出る怒りは恐ろしい程凍てついていて、その冷たさが手を震わせた。ぎとぎとした何かが胸の奥から湧き出て指先から脳まで駆け巡るのを感じた。「ボクは君を愛しているのに。だから君の恋人も殺したのに」「お前は愛なんて持っていない」「でも、こんなボクだから、君はずっとボクを見ていてくれるんでしょう?」 漸く僅かに顔を上げたブルーノは、その双眸に光を携えて俺を見た。唇を緩やかに綻ばせて、眉根を小さく寄せて、俺を見上げた。この表情に覚えがある。俺の大切な人間を殺した後に見せた顔だ。哀しみがやっと終わったような、これからずっと苦しまなければならないことを悟ったような、複雑な表情。ブルーノは時折こんな顔をする。その度に俺の脳裏に過去の光景が甦って、全身の血が一瞬にして煮え滾るのだ。人間は一体如何して、悲哀も憎悪も忘れることができないように作られているのか不思議でならない。それは俺を狂わせる。そして、ブルーノも。「遊星、大好きな遊星。ボク等はメビウスの輪だよ。ボクが君を求めているうちは、君もボクを求めずに居られない」 脆い声でそう囁いたブルーノは逆に俺の襟元を掴んで引っ張った。急激に降下した視界にくすんだ青銅色の瞳が広がったと思うと、乾いた唇にブルーノのそれが重なる。「ん……」 苦い味がした。怒りと憎しみと哀しみの味。ひどい味。その中にブルーノが与えてくる熱が交じる。そうだブルーノ。俺の喜びがお前の喜びになるまで、俺達の境界線を失くすまで、俺を求めると良い。そうしてブルーノがどんどん俺の中に入り込んで、いつかきっと俺を心の底から求め、愛する瞬間がやってくる。ブルーノの心が、希望と、光と、愛で満たされる時が必ず来る。その時俺は審判を下すのだ。本当の絶望とは本当の希望の裏に存在する。お前が真の希望を手に入れるまで俺はお前を求めて、虚像の愛情で塗り固めた俺を差し出そう。 そうしてお前の世界が完成した時が、世界の終わりだ。畳む 5Ds 2023/06/09(Fri)
・ブルーノが殺人犯で病んでる。
・報われない。
・暗い。
#ブル遊 #IF
俺がいまだにこのブルーノという奴と腐った果物を押し潰したような恋人関係を続けていることには訳がある。自分でもこいつとの関係を「恋人関係」だなどと表現することには大変遺憾なのだが、それ以上もそれ以下にも今のところ適当な言葉が見当たらないのだから勘弁して欲しい。目の前のテーブルに置かれたカップには真っ黒な液体がたっぷりと注がれたままで、時折机上に置かれた俺の手の震えに反応して薄い湯気の上がる水面を揺らしていた。もしかしたら身体の振動ではなく心臓の鼓動が伝わっていたのかも知れない。いやそんなことはどうだっていいのだ。問題はその奥に座って、俺の無表情をさも楽しげに見詰めているブルーノにあった。
「どうしたの? 飲まないの?」
ブルーノは柔らかい人の良さそうな笑みを浮かべて、まったりとした声で呟く。その手には俺の前に用意されたものと全く同じカップがあって(中身もきっと同じだろう)、一口啜った後にふぅと一息ついた。
「美味しいよ」
この男は、何も返さない俺に対して瞳を少し哀しげに伏せて、己の蒼い髪で隠した。きっと十人中九人は今のブルーノを見て幾ばくか胸を痛めるだろう。それ程までにこの男は他人を抱き込む術に長けていた。けれども残りの一人は決してそうはならない。何が起こっても同情などしない。それは、俺だからだ。
「ねぇ遊星、この間セキュリティの人が来てたよね」
橙色の電灯が上から俺達を照らし続けている。身体の影が机に映し出されて、カップの白と対照的なそれを眺めながらブルーノの話を頭の中で反芻した。セキュリティの人とはクロウのことを指しているのだろう。三日前、このコンドミニアムに親友のクロウが来た。その時の心配そうな彼の顔が浮かぶ。無論クロウはブルーノが居ない時を見計らって来たはずなのだが、それを知っているということは何処かで俺を見ていたに違いない。本当にこいつの執着心には呆れる。
「……・聞くまでもないだろう、お前のことだ」
「ボクはもう釈放されたのに、まだ監視されなくちゃならないの」
「俺が、お前を殺していないか確認しに来たんだ」
真実だった。セキュリティに勤めているクロウは、俺とブルーノの経緯を全て知っている。如何してブルーノが釈放後俺と今のような関係になったのかまで、全部。
「あぁ、そういうことかぁ」
ふふ、と、そう言ってブルーノは幸せそうに笑った。幸せそうに。その表情は俺は立ち上がらせ、ブルーノの胸倉を掴み上げるのに十分な要因だった。衝撃でブルーノが持っていたカップからコーヒーが零れて机の木目に広がる。じわじわ領土を拡大していく黒い染みは、俺の中に巣食った憎しみの塊のようだった。ぽたぽたと、ブルーノの指から苦い憎しみが滴り落ちる。
「あー零れちゃった……・酷いよ遊星」
「俺はお前を許さない」
「なら、どうして殺さないの」
「まだ殺さない。お前が本当に俺を愛した瞬間、お前を殺す」
俺に胸倉を掴まれたまま、けれどもブルーノは視線を落として俺とは目を合わさずに居る。見下ろす俺はきっと悪魔のように冷酷な目をしていることだろう。或いは死神の如くブルーノの首元に鎌を引っ掛けているように見えるかも知れない。全身から滲み出る怒りは恐ろしい程凍てついていて、その冷たさが手を震わせた。ぎとぎとした何かが胸の奥から湧き出て指先から脳まで駆け巡るのを感じた。
「ボクは君を愛しているのに。だから君の恋人も殺したのに」
「お前は愛なんて持っていない」
「でも、こんなボクだから、君はずっとボクを見ていてくれるんでしょう?」
漸く僅かに顔を上げたブルーノは、その双眸に光を携えて俺を見た。唇を緩やかに綻ばせて、眉根を小さく寄せて、俺を見上げた。この表情に覚えがある。俺の大切な人間を殺した後に見せた顔だ。哀しみがやっと終わったような、これからずっと苦しまなければならないことを悟ったような、複雑な表情。ブルーノは時折こんな顔をする。その度に俺の脳裏に過去の光景が甦って、全身の血が一瞬にして煮え滾るのだ。人間は一体如何して、悲哀も憎悪も忘れることができないように作られているのか不思議でならない。それは俺を狂わせる。そして、ブルーノも。
「遊星、大好きな遊星。ボク等はメビウスの輪だよ。ボクが君を求めているうちは、君もボクを求めずに居られない」
脆い声でそう囁いたブルーノは逆に俺の襟元を掴んで引っ張った。急激に降下した視界にくすんだ青銅色の瞳が広がったと思うと、乾いた唇にブルーノのそれが重なる。
「ん……」
苦い味がした。怒りと憎しみと哀しみの味。ひどい味。その中にブルーノが与えてくる熱が交じる。そうだブルーノ。俺の喜びがお前の喜びになるまで、俺達の境界線を失くすまで、俺を求めると良い。そうしてブルーノがどんどん俺の中に入り込んで、いつかきっと俺を心の底から求め、愛する瞬間がやってくる。ブルーノの心が、希望と、光と、愛で満たされる時が必ず来る。その時俺は審判を下すのだ。本当の絶望とは本当の希望の裏に存在する。お前が真の希望を手に入れるまで俺はお前を求めて、虚像の愛情で塗り固めた俺を差し出そう。
そうしてお前の世界が完成した時が、世界の終わりだ。畳む