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@kai_mutterの二次創作置き場

オタクが常にジャンルを反復横跳びしてる

ホーリーナイトに眠れ
・アンドロイドなブルーノちゃん。
・どこでもないどこか。
#ブル遊 #パラレル

 ブルーノの仕事の詳細を述べるならば以下のようになる。朝日が昇る頃に起床の為の声を掛けること。それから朝食の準備をすること。食事の際は必ず同席すること。食後から始まる研究及び実験のよき助手であること。昼食はとらずとも一杯のコーヒーは必ず用意すること。午後はどこかで休憩の合図を入れること。夕日を見送る時刻になったら一緒に散歩に出掛けること。帰宅して夕飯の支度をすること。暫く自由な時間を過ごさせたら日が変わるまでに就寝させること。そうして自分も共に側で眠ること。これらは問題が起こらない限り決まった動作として実行される。対象はある人物ただ一人、不動遊星。それがブルーノの役目であり、ブルーノが動いている理由であるから。ブルーノというのは、現在窓際の机に向かって配線を組み立てている青年、つまり不動遊星の友であり、彼の同居人であるロボットを指す。
 つまり、ボクだ。

「テスターを取ってくれ」
「はい、遊星」
 ストーブの焚かれた作業場で、遊星は拡大鏡を覗き込みながら自分の右手を宙に泳がせる。ボクはテスターを積まれた本の上に見つけると、急いでそれを遊星の手へと届けた。彼は「ありがとう」と呟いて再び作業に集中する。それを眺めながら、彼の手助けになることを組み込まれた回路の中で検索した。
 ボクは遊星に作られた。目が覚めた時から彼の為にしか存在しないし、彼と過ごした記録(人間でいう記憶)しかない。遊星に作られた、と言っても奴隷の様に扱われるなんてこともなく、彼の話し相手であり助手であり同居人として過ごしている。ボクの行動は全て遊星が組み立てたボクの心臓部、つまりシステムの中枢部によって決められている。だからボクが望んでいても出来ないことがあったりする。出来ないように規制コードが掛けられているからだ。別に誰かをこの手にかける様な危険な行動をしたいわけではないのだけれど。
 横目で見た窓ガラスに雪が引っ付いていた。それは直ぐに水滴に変わる。そういえば昨日天気予報が伝えていたっけ。
「遊星、今晩は雪が積もるそうだよ」
 ボクはアクセスポイントから配信される気象情報を遊星に伝えた。「そうか、ありがとう」と言って、遊星は拡大鏡を一度退けてから製作していた機器を持ち上げて、その出来栄えを様々な角度から確認している。満足したのか、一つ頷いてから彼はその機器をもう一度机の上に戻した。周囲に散らばったリード線の切れ端や半田の屑はそのままに、遊星はボクに視線を投げてくる。言いたいことは分かってるよ。そろそろ時間だもの。
「散歩に出掛けよう」
 遊星は緩やかに笑って立ち上がった。
 今日は当たり前だけれど夕日なんて出ていないし、そもそも雪雲に覆われた世界じゃ出たくても出てこれないだろう。既にうっすら白い化粧を施された道が、コートに包まれた遊星によって足跡を付けられていく。ブルゾンを着てはいるものの、不具合防止の為にもボクは傘を差して歩く。そして遊星も。彼の口元から、はふ、と吐かれた息が白くたなびいた。人間が生きている証拠だ。呼吸をして、歩いて、彼はボクの前を進んだ。
 遠くに立ち並ぶ針葉樹林が、その深緑色の肌を白粉がちらつく視界の中で霞ませていた。その木を見て、何処かで見たことのあるシルエットだなぁと思う。細長い三角形の綺麗な形。尖った先端。全身に纏う雪。あぁそうだ!
「クリスマスツリーみたいだね」
「そういえば今日はクリスマスだったな」
 そうだ、データベースの日程表を確認するのが先だった。成る程クリスマスに雪が降るなんてボクの記録上では初めてだ。ボクは作られてからそれ程年数が経っていないので。
「サンタクロース来るかな」
「来ないと分かってる癖に」
「まぁ君が入れてくれたデータを一番信用してるからね。でもネットワークで検索してみると、信じてる人はいっぱい居るみたいだけど」
「信仰は自由だ」
「そういう問題?」
 ふっと一つ笑みを浮かべて、遊星は煙った道にブーツの跡を残していった。ざりざりという飴玉を噛み砕いているような音がボクの擬似聴覚に伝わる。遊星の足跡を後ろから上書きしてついていくと、彼が左右に無秩序なステップを刻んだ。跳ねた黒髪が白の中で揺れる。粗末なダンスのような、その不定のリズムを追いながら、クリスマスについて考えてみる。
 サンタクロースが居ないなんてことは、ボクは知っている。ボクを作ったこの不動遊星という人物の優秀さから織り上げられたボクのデータベースには、言うなれば徹底した現実主義者のそれが書き込まれているのだ。そしてボクは作り主である彼を最も信頼している。だからどれ程願ったところでサンタクロースは来ないし、そもそも願うこともない。寂しい考え方だと笑う人も居るだろうけれど。

 さらさら降る小麦粉のような雪の中帰宅したボク等は、再び自分達の仕事に戻った。遊星は作業へ、ボクは夕飯の支度へ。今日は寒いから温かいものがいいだろう。ちなみにボクは食事は摂れないことはないけれども、基本的に味見する時以外は摂らない。必要がないからだ。でも遊星が共に食卓を囲みたいと願うから、ボクは毎日彼の食事風景を眺めている。
 食後、片付けを終わらせて作業場を覗くと、遊星がうとうとと舟をこぎ始めていた。発見してから十分が経過したところで、ボクは「もうベッドに入らなきゃ」と彼の肩を軽く叩いた。はっと夢の入口から引き上げられた遊星は、ぼんやりとした目で頷く。
「あぁ……」
 導くように、その右手をとって立ち上がらせる。かしゃりと机の上に転がった半田ごてのスイッチは既に切れていて、遊星が寝惚けていたことがよく分かった。熱くもないこてでどうやって溶かすというのだろう。苦笑しながらふらりと揺れる遊星を支えつつ、彼を寝室へと連れて行くことにした。一つだけ電灯の灯された薄暗い廊下を、時折隙間風がひゅるりと走り去っていく。この家も少し修繕しなければいけない時期にきているようだ。
 寝室は作業場の隣にある。部屋の明かりを点けると、一人掛けの椅子に適当に積まれた服や、床に投げ出されたまま暫く使われていない鞄が暗闇から起き上がって姿を現した。部屋の真ん中に置かれたベッドは、遊星がボクと共に寝られるようなベッドが欲しいと言ったためにボクが作ったものだ。間も無く其処へと到着した遊星の足元へしゃがみ込み、靴を脱がせ、彼の腕を持ち上げて着ているジャケットも脱がせていく。代わりに長袖のガウンを着せ、その肩をそっと押した。布団に吸い込まれていく彼に続いて、ボクも靴を脱いで隣に寝そべる。ブランケットを被ると、内蔵されているサーミスタが敏感に反応した。体温調節機能が人間によく似た温度に自動設定する。この機能のお蔭でボクでも遊星を温めることができる。
 枕元のスイッチを手探りで探し当てて押す。ふっと明かりの消えた部屋に、しんしんと、という表現がぴったりな雪の降る音が奏でられた。布団がまだ冷たく感じるのか、すぐ真横に寝転んだ遊星は身体をもぞもぞと動かしているものの、深い夢の中へ沈むのにはそう時間は掛からないだろう。ちなみにボクは睡眠の代わりに、睡眠状態だと考えられる一定の状態が継続した場合にスリープモードへと入ることになる。
 クリスマスの夜。ボクの頭上には靴下は用意されていない。だから仮に、万が一にもサンタクロースが来てもプレゼントを入れてもらえるところはないのだ。それを踏まえて、奇跡的にもサンタクロースが来たならばプレゼントは何が良いか、という仮定の上に成り立つ仮定を立ててみることにした。何故かというと、ボクには叶えたい事があるからだ。
「遊星」
「ん……?」
 おぼろげな返事も一緒に抱きかかえるように、ボクは正面から遊星を腕の中に閉じ込めた。センサーが感知するそのぬくもりがボクの感情回路を巡る。ぎしぎし唸るそれから絞り出すように、唇をゆっくり動かした。
「あ、い、」
 しかし次の言葉を発しようとした瞬間、びくっとボクの身体が硬直する。インタラプトエラー。ストッパーが作動したのだ。特定の動作を行おうとすると作動するそれによってブロックされたボクは、一定時間動くことが不可能になる。意識(と表現すべきかは甚だ疑問だ)は継続しているのだけれど、きゅううんと音を立てて固まった身体能力は、ストッパーそのものを外す解除コードを入力するか時間が経過するまで解かれることはない。
 動かなくなったボクの視界に、遊星の顔が映り込んだ。彼は笑っていた。ボクに零すその綺麗な笑みが好きだ。ボクの青い髪を映した深い群青色の瞳が好きだ。ボクの名前を呼ぶその声が、とても好きだ。
「想ってくれるだけで充分だ。それが俺のエゴで作られた嘘でも」
 遊星は苦しげにその美しい目を細めて、ボクにそっとキスをした。それに応える言葉をボクは持たない。否、持つことを許されない。十バイトのデータすら表すことのできないボクに、君は毎晩キスをする。感情を伝える術を持たないボクに、君はいつも心をくれる。
 サンタクロースが居るならば、一つだけ欲しいものがある。たった一言でいい、遊星に伝えることのできる言葉を与えてくれと、口に出せずに彼からのキスをただ甘受するボクに、雪の降りしきる音が染み渡った。畳む