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@kai_mutterの二次創作置き場

オタクが常にジャンルを反復横跳びしてる

雪化粧の夢想曲
・スティルスノウでの夜。
・贈り物でした。
#テリオフィ

 驚くべきことに、遅掛けの昼飯を食っているうちにスティルスノウの雪は強くなって、宿屋の扉を開けるのも難しいほど積もってしまったのである。「もう少しすれば日も暮れる、出立は明日にすべきだろう」との考えに皆が収束するのに時間はかからなかった。暖かい部屋から一歩も出たくないというようなリンデを見習って、宿屋の部屋にこもる者も居れば、騒がしいのを嫌って談話室に残る者もいた。俺は唯一の後者である。なお、この雪の中、扉をこじ開けて外へ出ていく物好きな学者も居た。一人で外へ行かせるのは心もとなく、念のため剣士がついていったところを見ると、膝丈近くまでの雪であっても何とか無事戻ってくるはずだろう。
 宿の談話室は部屋というよりも領域と呼ぶべきもので、入り口付近、暖炉からそれほど遠くない窓際にベンチと本棚を置いて区切った簡素なものだった。ベンチは二人も並んで座れば定員で、しかし一人ゆったりと寛ぐつもりであったものが、席について間もなくもう一人やってきたので、現在俺の右隣は埋まってしまっている。つまり定員に達しているわけだ。
「すごい雪になってしまいましたね」
「……そうだな」
 ひとしきり大雪を降らせた重い雲は、風とともに少し流れていったのか、今では小康状態となっている。正面の窓から灰色の景色がのぞいて、ガラスの中へ俺達が映り込んでいた。まるで鏡のように。窓の向こう、空から落ちてくる粒を目で追う。とはいっても、ひとつふたつ、などと数えることなどできるわけもなく、ただ眺めているだけに近しい。面白味があるわけでもない、暇つぶしだった。
 オフィーリアはオフィーリアで、本を一冊手にしていた。後ろの本棚から持ってきたのだろう。窓ガラスに映った姿でそれに気付いたが、大判の、見るからに子どもが読みそうなものを何故選んだのか分からないでいると、「昔、この絵本が好きだったんです」とはにかむ雰囲気がした。
「この本を読むと、幼い頃のことを思い出します」
 表紙をめくる手が少し嬉しげであったのは、きっと間違いではないだろう。はらり、はらりと枯れ葉をはらうように一枚ずつ頁を進める様子を、何とはなしに横目で盗み見た。絵本の角は削れており、頁にはところどころ折れ曲がった跡があるのをみると、年季が入っているらしいことは明白である。これまで何人がその本を手にし、物語へと足を踏み入れたのであろう。誰から誰へと渡されてきたのであろう。頁をめくるたび触れそうになる互いの腕、その僅かな境界線を、暖炉で暖められた空気がすいっと泳いでいく。
 ふと、頁が進まなくなった。グローブで覆われた手が止まっている。は、と気付いて正面を見ると、笑みを浮かべるオフィーリアの顔。窓ガラスを通して目が合い、いたたまれない心地になった。
「今夜、読み聞かせてあげましょうか? 面白くて、きっと眠れなくなりますよ」
「……遠慮しておこう」
 冗談だとは分かっている。しかしその声で眠りにつくことができるのなら、こいつの隣で瞼を閉じるのも良いかもしれないと思った。コーヒーの中へ少しずつミルクを混ぜていくと、最後にはどちらの色も分からなくなるように、オフィーリアによって夢と現実が一つ残らず溶け合っていく感覚へといざなわれる――その時はきっと、すべてが消え失せた、白く静かな、あたかも窓の奥に広がる銀世界のような夢を見るのだろう。
 もう一度、雪の粒を追った。後ろで暖炉の薪が爆ぜた。絵本の頁は止まったままである。畳む