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@kai_mutterの二次創作置き場

オタクが常にジャンルを反復横跳びしてる

夢うたい
・テリオンとプリムロゼ。
・指揮者になりたかったテリオン。
#現代パラレル

 交響曲の指揮者になりたかった。
 楽章が進むごとに、少しずつ悲壮感から解き放たれて壮大になっていく、ベートーヴェンの第九のように、最後に歓喜を叫びたかったのかもしれない。しかし自分にはそれが出来ないことが分かっていた。だから今、商店街でギターを弾いている。
 アルペジオくらいしかうまく弾けなかったが、静かな夜中の通りにはお似合いかもしれない。ギターは捨てられていたものを持ってきて、立ち読みした入門書で調律したが、意外と良い音がする、気がする。
 頭の中に五線譜があったら、浮かんだ音を直接てん、てん、てん、と黒い楕円に変換していって……と考えるが、五線譜が紙の上であの気難しい柄をしているので、俺には書けそうにないなと思い直す。
 学もなければ金もなかった。
 ダリウスのクソ野郎に何度も何度もせがまれて、金を貸したことが仇となった。予想はしていたがやはり返してくれなくなったので、ついにあと一週間でアパートを退去することになった。水道が通っていればまだ生きていけるのだが、それも当てにできなくなった。あのくそったれが最後に投げつけてきた「歌っとけ、お前にはそれくらいしか能がねぇ」との言葉に従うのはシャクだったが、金が欲しかったので、歌うことにした。今日で三日目。
 金木犀の匂いと唐揚げの匂いがする。腹が減った。
 ここで歌うと、飲み屋帰りの親父がたまに小銭を入れてくる。それが何人か集団で通りがかると結構な額が入るということを覚えた。今日の狙いもそれだ。
「素敵ね、その歌」
 だったのに、声の主は女だった。見上げると、まさしく「私が夜の女王です」といわんばかりの女が立っていた。スリットの入った赤いワンピース。じゃらじゃらした金のアクセサリー。揺れるたびに星みたいにちかちか光る。全てが高そうな代物。それに赤い唇が映えて、美人だな、と思った。単純に、なんとなく。
「私も入れていいかしら?」
 女はバッグから財布を取り出す。長財布は、なんかすごく分厚い。何が入ってんだ? 訝しんでいると、中から出てきたのは――札束。
「おい」
「謙遜しなくていいのよ」
「そうじゃない」
「貴方、困ってるんでしょ? お金なさそうだものね」
 でもこれは同情じゃないわ。女の唇が緩やかに付け加えた。
「一発逆転のジョーカーよ」
 ネイルで彩られた指先から、札束と、一枚のチラシが落ちる。ばさ、ひらり。正反対の音は、どこか現実離れしていた。
「それに応募なさいな。きっと、貴方の思うようになるでしょうから」畳む