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@kai_mutterの二次創作置き場

オタクが常にジャンルを反復横跳びしてる

お題『サイテリさんはコートに雪の結晶がついていた冬のある日、ありふれたコーヒースタンドでおみくじの結果についての話をしてください。』
・「エーテルの青年」番外編3。
#サイテリ #現代パラレル

 私は運気を持ち帰った。
 元日にこれほど冷え込んだのは何年ぶりか。トレンチコートの肩を払えば、サイラスの周りに粉雪が舞い散った。偶然立ち寄ったコーヒースタンドは人が居なかった。正月特有だろうか? 店先の小さな机でサイラスは考える。思考の合間にも暗い天井から白いものが降りてきて、店の照明がそのひとつひとつを映し出すたび、ほろほろと踊る。絶え間ない雪の舞踏会を、しばらく眺めていた。
 サイラスの視界の端で、信号が赤になった。その色にはっとして視線を落とす。薄い、細長い紙切れ。タンブラーの下敷きになっている「大吉」の文字に、昼間の光景を思い出した。彼が有する数少ない非日常、正月の光景だ。
 人人人。サイラスにとって、初詣は特段行きたかったわけではなかった、かと言って同僚の誘いを断るほどの理由を持ち合わせてもいなかった、立ち位置の分からない行事であった。御神籤の行列に並んだのも同様で、彼にとっては「どちらでもよかった」のである。が、手にした短冊状の紙切れを丁寧に折り畳んで財布にしまい込んだのは、やはり雰囲気に酔ってしまった結果かな、と彼はひとりごちた。正月を締めくくるコーヒーのお供は、スコーンでもチョコレートでもなく、味気ない御神籤だった。
 酔っただけかもしれない。でも、願掛けかもしれない。
 ひゅうっ。雪とともに風が走り去る。コーヒーよりも先に身体が冷え切ってしまいそうだな。彼はつい目を閉じた。
「……大凶なのは当たってたってわけか」
 その一瞬が過ぎた時、聞き覚えのある声がした。だがサイラスはこの声を久しく耳にしていなかった、あの春先の日からずっと。何故ならこの声を発する者を、ついぞ見つけ出すことが出来ずにいたからだ。いや途中までは、「彼」の輪郭を捉える程度までは、出来ていたかもしれぬ。だがこの目に再び収めることはもっと先の未来のことだと考えていた。サイラスにとってはそれくらい想定外で、世界が一気に真っ白くなる感覚が彼を襲った――目の前の男に、五感がすべて引っ張られるような。
「スリには気を付けろ、と言ったはずだがな」
 大きめのモッズコートは、夜のせいでカーキから墨色に変色していた。だが、脱色したような髪はあの時から変わらずに白い。こんな冬の日だから、あたたかい動物の毛皮と勘違いしそうな。
 その手には紙切れ。ひらひらと弄んで、「フン」とつまらなさそうに一瞥する。
「おたくは大吉か」
「……案外、当たっていると、思うよ」
 サイラスの喉から上擦った声が出たので、男――サイラスがひそやかに「彼」と呼ぶ青年は、怪訝な顔をするしかなかったとみえる。睨みつけるようではなくとも、眉をひそめてこちらを見た。
「……そうかもな」
 おたくに会ってしまうくらいだしな、と付け加えて、青年の手が御神籤を机に置いた。元のように、サイラスのタンブラーをペーパーウェイトがわりにして。
 少し伏せた顔が再び上がる時、前髪で隠れていないほうの目に、コーヒースタンドの光が反射した。きらりとした輝きに、サイラスの心中はまるで明け方の太陽を目の前にした心地になる。きっと「彼」が存在している空間は、自分にとっていつもまばゆい。音が身を潜める時刻でも、大雨のなか突っ立っていたとしても。サイラスがそう結論づけるほどに、「彼」がサイラスを占領する割合は大きく、その他大多数と比較できぬほどの価値があった。
 その価値が今夜、紙切れひとつでもたらされたのであれば、来年からは必ず初詣に行き御神籤をひこうとサイラスが誓うのは自明の理であった。
 私は運気を持ち帰った。それは今日この瞬間のためにあった。
 サイラスの視界の端では、信号が何度目かの反転を試みていた。赤から青へ、青が点滅し始めたら次は――。畳む