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@kai_mutterの二次創作置き場

オタクが常にジャンルを反復横跳びしてる

幽霊よりもたちが悪い
・アカネ→→→タイセイ
・7話あたりの距離感
・気持ちタイセイ←イナ
#アカタイ

 電子音が鳴るのと、僕が「あ」と言うのは同時で、本当に一瞬のこととはこういう時のことを言うのだと初めて知ったような、驚きと発見と「やられた」が入れ代わり立ち代わりやってきた。
 電子決済の終了を告げてから、自販機が商品をがたたっと吐き出す。取出し口からペットボトルを引き出すアカネを、ただただ眺めるしかない僕は、無言のまま棒立ちでちょっと肩身が狭い。彼のスマホに仕事を横取りされ、行き場をなくした僕のスマホは、役割を果たせなかったことに嘆いて(ビーナだろう)ぶるぶる震えている。
「お詫びじゃないけどね」
 アカネが差し出す。表面についた露が、廊下の照明に反射して星みたいに光った。真昼なのに、ボトルのパッケージが暗い色のせいで、どこか夜みたいにつやめいている。
「ノート、データを送信してくれてありがとう」
「別にそれくらい」どうしようもないのでボトルを受け取る。「気にしなくて良いのに」
「押し付けられたと思って貰っておいて」
 先日、アカネが私用で欠席した授業の件なのだとすぐに気づいたけれども、こういった経験がなくて、正直返答に困った。最初から最後までスマートな心遣いに、ありがとう、が正しい気もするけれど、それだと同じ言葉を返すだけになってしまって、何かが食い違っているのだ。嬉しいのだけれど――と思い至ったところで、それでいいじゃない、と誰かの声が聞こえた気がする。いいじゃない、自分を信じれば。頭を撫でる感触とともに蘇る声は、十中八九、幻聴だ。
 でも、幻でも、僕だけに届いた声だった。
 だから「嬉しい」と答えた。浮かんできた、そのままの言葉だった。今の僕にとっての正解だった。
 見上げれば、アカネが頬をほころばせている。あ、間違いじゃなかったんだなあ。正しいと思えることがひとつ増えて、僕の中の正解が溜まっていくのが分かる。そう実感すると、まるで相手との距離が縮まったみたいで、また嬉しくなった。

 ボトルの結露が手のひらから落ちて、ひとつぶ床にこぼれた。外気との温度差が激しいのか、今日は暑いね、と言おうとしたところで、ぬっと影があらわれた。手の中の、星が隠れる。
 タイセイ、と名前を呼ぶ声がする。さっき聞こえた懐かしい声よりも、ずっとずっと低いもので、するりと僕の髪を揺らした。
「善意が必ずしも善意だけとは、限らないよ」
 耳打ちされた声は、僕を無力にするには絶大なちからを持っていて、言いかけたすべての言葉は消えてしまった。アカネが立ち去る間際、最後に、何かが僕の頬に触れた気がしたけれども、その時の記憶があまりない。というのも、ビーナが叫び出すまでずっと僕は、廊下に突っ立っていたのだった。
 暑かった。汗が首筋を伝って、ぞくぞくした。空調は効いているはずなのに、昇降口が開けっ放しのせいか生ぬるい風があたりを満たしていて、僕の腕に、脚に、まとわりついている。
 僕は何かを、間違えてしまったのだろうか。
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