お題『覚悟はあるか』#アカタイ 続きを読む このまま隣にいてほしい、とタイセイが強く手を握られたのは、アカネと二人で課題を仕上げた土曜の日暮れ前だった。普段の様子からは想像できないほど手のひらは熱く、汗ばんでいるのが伝わってきて、こちらまで焦ってしまう。タイセイが言葉を詰まらせたのはそういう緊張からであって、決して嫌だったからではない。 大通りから一本入った道は群青と侘しさに滲んで、二人を包み込んでいた。「……変なことを言ったね。忘れて、」「へ、変じゃないよ! 僕だって!」 侘しくて、情けなくもあって、少年は叫びに近い声をようやく上げる。直後、目を二、三度まばたきさせたアカネを見てはっとした。何叫んでんだよ! ばか! 恥ずかしくて消えたい――少年が脳内で頭を抱えているのを知ってか知らずか、アカネが小さく笑ったのはそのあとだ。「ふーん、タイセイもなんだ」 見上げればどこか得意げなアカネがいて、墓穴を掘ってしまったのがタイセイは悔しかった。 その少年の右手を、アカネの指先がするっと撫でた。手首の骨ばった部分の凹凸を確かめるように。その手はもう汗ばんでいないし温度も落ち着いているのだが、タイセイは気づかない。自分のほうが熱っぽくなってしまっていたから。 ふわふわと揺れる風船のごとく、指先が落ち着かない。アカネの指が動くのにあわせて、タイセイの手が頼りない様子でその指を追う。手首がこそばゆく、縋り付いてしまいそうな瞬間、少し離れた大通りからバイクの音がしてぱっと離れた。「あっ、えっと……」「ねえ、タイセイ」 しかし離れたのはほんの数秒で、日没後の冷えた空気とともに、アカネの気配がぐっと近づく。名前を呼ばれて再び見上げれば、すぐそばに彼はいた。 あ、と思う。不敵に笑っているような口元は、かれが怒りを帯びた時にも似ているのだ。「本当に覚悟があるなら、君も僕の手を取って」 アカネの静かな声だけが、この時を支配していた。 圧倒的な意志の強さに瞳が光って、タイセイの喉がわずかにひゅっと鳴った。からからの口に秋の風が容赦なく入り込んで痛かった。返事をするには乾いた唇では難しく、ただ、自分の本能に従って手を取る。アカネの手を指先からそっと握って、吸い寄せられるように指を絡ませた。「アカネ」 かさついた、少年の声。しかし満足そうに、向かい合う目が細まる。「断られるかと思った」と彼が続けなければ、よもや不安を抱いていたとは思わなかっただろう。夜に紛れて消えてしまって、今日のことは明日に残らない。アカネはそういう少年だった。「……タイセイ、本当に良いのかい?」 君にそう言われたら誰も反論できないよ、なんて野暮なことは言わなかった。ふたつのひかりが、期待にゆらめきながら自分を見下ろしていたからだ。 そこに浮かんでいるのは夜明けすぐの始発、秋の早朝。幼い頃見た明け方。太陽がほんのわずかにその気配を滲ませる空。何かの始まりのような、終わりのような色。 それらのすべてが、タイセイを射抜いていた。https://shindanmaker.com/587150畳む SNK-CW 2024/05/24(Fri)
#アカタイ
このまま隣にいてほしい、とタイセイが強く手を握られたのは、アカネと二人で課題を仕上げた土曜の日暮れ前だった。普段の様子からは想像できないほど手のひらは熱く、汗ばんでいるのが伝わってきて、こちらまで焦ってしまう。タイセイが言葉を詰まらせたのはそういう緊張からであって、決して嫌だったからではない。
大通りから一本入った道は群青と侘しさに滲んで、二人を包み込んでいた。
「……変なことを言ったね。忘れて、」
「へ、変じゃないよ! 僕だって!」
侘しくて、情けなくもあって、少年は叫びに近い声をようやく上げる。直後、目を二、三度まばたきさせたアカネを見てはっとした。何叫んでんだよ! ばか! 恥ずかしくて消えたい――少年が脳内で頭を抱えているのを知ってか知らずか、アカネが小さく笑ったのはそのあとだ。
「ふーん、タイセイもなんだ」
見上げればどこか得意げなアカネがいて、墓穴を掘ってしまったのがタイセイは悔しかった。
その少年の右手を、アカネの指先がするっと撫でた。手首の骨ばった部分の凹凸を確かめるように。その手はもう汗ばんでいないし温度も落ち着いているのだが、タイセイは気づかない。自分のほうが熱っぽくなってしまっていたから。
ふわふわと揺れる風船のごとく、指先が落ち着かない。アカネの指が動くのにあわせて、タイセイの手が頼りない様子でその指を追う。手首がこそばゆく、縋り付いてしまいそうな瞬間、少し離れた大通りからバイクの音がしてぱっと離れた。
「あっ、えっと……」
「ねえ、タイセイ」
しかし離れたのはほんの数秒で、日没後の冷えた空気とともに、アカネの気配がぐっと近づく。名前を呼ばれて再び見上げれば、すぐそばに彼はいた。
あ、と思う。不敵に笑っているような口元は、かれが怒りを帯びた時にも似ているのだ。
「本当に覚悟があるなら、君も僕の手を取って」
アカネの静かな声だけが、この時を支配していた。
圧倒的な意志の強さに瞳が光って、タイセイの喉がわずかにひゅっと鳴った。からからの口に秋の風が容赦なく入り込んで痛かった。返事をするには乾いた唇では難しく、ただ、自分の本能に従って手を取る。アカネの手を指先からそっと握って、吸い寄せられるように指を絡ませた。
「アカネ」
かさついた、少年の声。しかし満足そうに、向かい合う目が細まる。「断られるかと思った」と彼が続けなければ、よもや不安を抱いていたとは思わなかっただろう。夜に紛れて消えてしまって、今日のことは明日に残らない。アカネはそういう少年だった。
「……タイセイ、本当に良いのかい?」
君にそう言われたら誰も反論できないよ、なんて野暮なことは言わなかった。ふたつのひかりが、期待にゆらめきながら自分を見下ろしていたからだ。
そこに浮かんでいるのは夜明けすぐの始発、秋の早朝。幼い頃見た明け方。太陽がほんのわずかにその気配を滲ませる空。何かの始まりのような、終わりのような色。
それらのすべてが、タイセイを射抜いていた。
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