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@kai_mutterの二次創作置き場

オタクが常にジャンルを反復横跳びしてる

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#IF

 夏が暑いことを真正面から認識したのは、僕が暗い暗い場所から重い腰を上げて一年が経った頃だ。太陽の熱は反射しきれず地上から溢れてしまっていて、その透明なのに真っ白な光というものに圧倒されて、思わず口にしてしまったのだ。
「ライトニングみたい」
「私は太陽ではない」
「でもライトニングは『ライトニング』だよね?」
「そういうつまらないことをよく言えるものだ。良いか、まず太陽から発せられる光とは――」
 汗が噴き出す。太陽光の役割とか季節が巡る仕組みについてライトニングがとくとくと説明する傍ら、電車を待つ。二十分の待ち時間はこのAIにとって長いらしい。小さな身体を左腕のデュエルディスクから乗り出して、いつものライトニング先生による講義が始まった。デュエルディスクの感覚には、やっと慣れてきたところだ。
 駅のホームに風は吹かない。兄から譲られたTシャツが湿っていくのを、ただ見過ごすしかなかった。それでも夏季休暇の課題に提出のめどがついたことで、今の僕は肩の荷がおりた気分でいる。よく働いてくれたタブレット端末をねぎらう。画像データやら動画やらをたっぷりと保存させられ、疲れ果ててリュックの中で眠っていることだろう。
 自由課題の自由とは僕にとっては不自由に近かった。ゼロから考えるには足りない頭を兄にいくつかアドバイスをもらうことでフォローして、やっとゴールまでこぎつけたのだ。「興味深い企画展示が、少し遠いものの行ける距離の博物館で開催されている」きっかけを与えてくれたのはライトニングで、ちょっとだけ意外だったのは内緒にしておいた。
 日帰り旅行の気分が、僕を浮き足立たせる。ライトニングの話は続いている。
 学芸員へ疑問点を質問することもできたので、心配のまなざしで見送ってくれた兄を安心させるには十分な成果であるように思う。
 手提げからペットボトルを取り出して開ける。口に含んだサイダーは、炭酸がすっかり抜けていた。
 今じゃタブレット端末のなかに全教科のテキストから提出課題間でひとつに仕舞われているから、体力がやっと人並みに戻った僕にとっては幸いだ。兄が言うには、高校生の頃は教科書を持ち歩いていたらしいから、僕らは「ラクな時代」とのことだ。言った後に、兄は少しはっとした顔つきになって「今のは取り消す、すまん」と苦笑いした。
 重い鞄を背負って電車と徒歩の道のりを毎日往復するには、いまだ自信が足りなかった。
 平日の午後、影になったホームには僕らだけが飲み込まれ、ちょっとだけ心細い。リュックをおろし、壁際のベンチに座る。天井知らずの昼下がりが、空から僕らのいる場所へ蓋をしている。
「――つまり仁、君の知識レベルでは次回の試験とやらは危険だということだ。地学を復習したまえ」
「えっと、ごめん何の話してたっけ?」
 そう答えるとライトニングは分かりやすく不機嫌になって「もういい」とそっぽを向いてしまった。彼の講釈が嫌いではないからもう少し聞きたかったけれど、世界はどこまでも把握できなくて、夢から醒めた僕はいつまでも、どこまでも手を伸ばしたくなる。時間が惜しかった。
 時間を取り戻したい僕は、たくさんのことを考えてから話すことをなるべくやめている。時間はいつでも止まることができて、季節が変わらない日々に足止めを食らうことは、誰にだって訪れることだと知っているせいで、僕と、僕と同じ経験をした人たちはどこか今を大切にしている気がするのだ。
「僕は君の話が好きだよ」
 だから気持ちは早く伝えたい。率直に、なるべく短く伝えた。ライトニングが振り向いた。
 光は彼のまわりにある。太陽光の白とも似ている。でも影の中でよくよく見れば、確かにずっと、ぬるい光だった。
 汗が首筋を流れた。そういえばこの駅はセミがすごくうるさい。



(了)
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