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@kai_mutterの二次創作置き場

オタクが常にジャンルを反復横跳びしてる

俺の国に来いよ
・空港でばったり出会うヨハンと十代。
・未来捏造。
#ヨハ十

 次のフライトまであと三時間は残っている。空港のざわめきに目を瞑り少し睡眠を取るのも良いかもしれないが、久方振りのヨーロッパだ、ガラス越しにでも雰囲気を楽しむのも悪くは無いだろう。一つしかない手荷物を抱えなおし、十代は確認の為に取り出したチケットを再び内ポケットへ仕舞った。たったこんな紙切れだけで空を跨いで何処までも行けるのが少し可笑しかった。無論そこは渡航費について考慮されていない、単純な感想である。しいて言うならパスポートは忘れてはならない。
 あちこちを目指して交錯する人々の横を十代は進んだ。左に目を遣れば巨大な機械仕掛けの鳥がいくつも羽を伸ばしていて、そこに描かれている色とりどりのペイント――異国語の航空会社の名前さえぐにゃぐにゃした絵に見える――が彼を僅かに楽しませる。日本語も目にすることはあるが少ない。慣れ親しんだ国を離れて、もう結構な年数が経っていた。僅かな感傷に浸るのも既に初めてではなく、今でも無性にあの頃が懐かしくなって、一瞬だけ戻りたいとさえ思うことがある。試行錯誤を繰り返していたあの学園が愛おしくて堪らないのだ。それが今日は、一層強かった。
「赤い服のお兄さん、ちょっと俺とデュエルしていかないか」
 空港で決闘の誘いなんてどんな変な奴だと振り返った時に目を見張ったのは、そんな郷愁故に幻でも見ているのかと思ったからである。

 ヨハンは変わった奴だった。十代にとってその印象はずっと同じだ。何も考えてなさそうに見えて別の視点から深く考えていたり、突拍子も無いことを言い出して呆気に取られることもあり、しかしお互いそうであったから気が合ったのかもしれない。大人びた顔立ちになっていてもヨハンは十代の記憶の中の彼と変わらなくて、外見だけ時を越えて上書きされ、昔のヨハンが出てきたのかと錯覚しそうなくらいであった。
「何年振りか覚えてねえよ、もう」
 言葉の裏に時間に対する苛立ちが滲み出たのを誤魔化すように十代は苦笑した。無情だと思った。こうして歳を重ねて、偶然にも再会することが。もし会えると分かっていたら心の準備が出来たかもしれないのに――何に対して? 自分が少し怯えていることに気付き、彼はひっそり溜息をついた。
「少なくとも両手を数えるまでいかないだろ?」
「そうかな……もっと昔のことみたいに感じるんだ」
「物凄く濃かったからなあ、俺と十代が過ごした時間は」
「おい、表現に気をつけろよ」
「間違っちゃいないぜ?」
 しかしながら、昔はペットボトルのドリンクを回し飲みしていた手が洒落たロゴのカップを持ち、芳醇なコーヒーの香りを漂わせているという姿は、十代の記憶の中にはない。受け取った自分のカップに視線を落とす。その水面に似た色のコートを羽織った男は、確かに新しいヨハンだった。髪の色や口調が変わらなくても、自分を見る目があの頃のままでも、止められない流れは彼にも自分にも疑い無く存在するのだ。
 ヨハンにとって、俺もそうなのだろうか。
 きいいいいい、と高い音が近付くにつれ段々と低くなる。薄曇りの空から落ちてくる機体の唸り声が彼等の身体に響いた。並んで腰掛けたベンチの向かい、大きなガラスの奥にずらりと居座る機体を指差してヨハンが口を開く。
「次の飛行機で帰国する予定なんだ」
 それだけではどの機体に乗っていくのか判別出来なかったが、彼がもう直ぐ此処から去ることは簡単に理解出来た。半日も経たないうちにまた離れ離れだと思うと、ただでさえ寂寞に支配されそうな十代の心が揺らぐ。何をどう話せば上手くやれるだろうかと逡巡する。ふっと翳った己の内側を悟られたくはなかった。
「そういえば、ヨハンの国の話って聞いたことなかったな」
「いいところだぜ。冬にはびっくりするくらい雪が積もるんだけどな」
「へえ……」
「一面雪の海だよ。歩くたびに溺れちまう」
 目尻に小さな皺を刻んで笑うヨハンにつられ、十代も笑った。その時、このまま昔に戻れたら良いのにと小さく願う自分が居た。今の自分にはヨハンとの間に薄い壁があるような気がして、どことなく申し訳無い気持ちになる。互いに知らない時間を経て再会するというのがこんな弊害を生み出すとは思ってもみなかった。会いたくなかった訳が無い。会いたいとずっと願っていた。しかしヨハンにとって、今の自分が変わってしまったものだとしたら。
 笑い合って、戦って、学んで、寝転んで、抱き合って、口付けて、それから、それから。
 記憶の中のヨハンがじっと見詰めてくる。目が離せない。そうしているうちに、いつも唇を重ねられていたのだった。「こんなので動けなくなるなんて俺に惚れすぎだな」と軽口をたたくヨハンが憎らしくて、何度か下らない仕返しをしたこともある。記憶は沢山散らばっていて直ぐには思い出せない。だが、二人きりで過ごした時間は山ほど有った。いつも自分の傍にはヨハンが居た気がして、寧ろ離れていることがおかしいくらい心地良かった。絡めた指の熱は、旅の途中で何度甦っただろうか。
 気が付けば、隣からヨハンに覗き込まれていた。成長した彼の顔が直ぐ近くにあって、思わず十代の心臓が跳ねる。
「十代は?」
「え?」
「これから何処に行くんだ?」
「ああ、俺は、そうだな……」
 これから何処に行くのだろう。
 チケットを確認すれば目的地が書かれている筈だ。けれどもその場所に行って良いのだろうか。また違う時間を重ねて、俺が俺でなくなってしまったら? 誰かにとっての俺が、ヨハンにとっての俺が、変わってしまうとしたら? 今度会う時、全く違う何者かになっていたらどうしようか。落胆されるだろうか――。
「なあ、十代。あの頃は楽しかったよな」
 途切れた会話を縫いとめるかのように空港の雑音が流れ込む。様々な人種、言語、色、全てが混在した場所は現実離れしていて、最早全く違う次元に居るようだ。皆はこの異次元から本物の世界へ戻っていく。ヨハンのように帰ったり、別の場所へ進んだり。この邂逅は異次元だから出来たことなのかもしれない、そう十代は思った。俺達は通過点でしか会えない。自分のように延々と世界中を巡っている限りは、何処にも留まることも帰ることもないのだから。
 きいいいいい、と、また一機白い塊が飛んでいく音がした。
「なあ、十代」
 耳を打つ声に、返事が出来ない。近付くたびに低くなる。
「俺は今でも、あの頃と同じままだぜ」
 すっと細められた瞳に、息を呑んだ。そうだ、こうしてずっと目が離せずに居たのだ。昔から、彼の緑がかった瞳が自分を射貫くと、抗うことなく受け入れてしまう。薄っぺらな境界など所詮役に立たない盾だ。ヨハンはいつも、こうして自分をいとも容易く見抜くのだから。十代の肩に触れた指先は、カードを切っていたあの手と、コーヒーのカップを持っていた手と、絡めたあの指と、一つも相違ないものだった。
「変わらないな、お前も。なあ、十代――」
 唇が触れ合う寸前に言われた言葉は、内ポケットの航空券を破り捨てるに充分なダメージであったから、代替分の渡航費くらい請求してやろう。瞼を閉じる瞬間、十代はそんな仕返しを考え付いた。畳む
類似
・十代卒業前の話。
・ブルー寮の食堂でごはんを食べる。
#亮十

 丸藤亮という人間は自分とは離れたところに立つ者だと本当は思っていたのかもしれない。机を挟んで向かいに座った青年を眺めながら、十代は互いが共有した決して長いとは言えない学園生活を思い返してみた。闘いの場に限らず、例えば名が知られているがために学園内では一人で過ごす時間が多かったことや、気軽に話しかけられるような存在ではないと思われていたことなどが、ふと十代が丸藤亮に対しそう思い至った要因である。もしかしたら自分も色眼鏡で見ていた大勢の中の一人ではなかっただろうか。或いは知らぬうちに。そうであったなら、今の丸藤亮が自分が遠くから見ていたかもしれぬ彼と違うことは、非常に喜ばしいことだ。昔の自分達ではきっと、二人だけで食事をするなど思いもよらなかっただろうから。

「前にさ、あんた昼飯一人で食ってたことあったろ。この食堂の窓際で」
「よく覚えているな」
「ギャラリーに囲まれて目立ってた。その時、えらく丁寧に食べてるなって思ったんだよな」
 十代の持つフォークが銀色に輝いて、その前に置かれた皿へと突っ込まれた。容赦ない一撃。バランス良く盛り付けられていたパスタの山が跡形もなく崩れる。山頂のカットトマトは落石へと変わり、周りを取り囲む挽肉の崖へごろごろと落ちていった。しかし構うことなく彼はパスタをくるくると三本の槍に絡ませ、大きく開けた口へと運ぶ。どうやら食いっぷりの良さはこの三年間変わらなかったようだ。そう見届けてから、亮もまた注文した料理に手を付けた。同じメニュー、同じように渦を巻いたパスタの一角をフォークで抉り取り、無残にも破壊する。その拍子に、射し込んだ昼下がりの光を受けて、皿の上の油がてらてらと白く反射した。
 向かい合って食事をするのは亮が卒業してからは余計に機会がなく、二人にとって久々の出来事だった。最後にブルー寮の責任者に頼んだ甲斐があったな、と亮の中に年甲斐もない満足感が湧いてくるのも致し方ないだろう。次に会えるのはいつになるだろうか、分からない。もしかしたら遠い未来になって漸く会えるのかもしれない。そんな不確定要素が溢れた道の上に、彼等は立っていた。
「どうだ」
「んん、ほれふふぁひは」
「飲み込んでから言え」
「……んん、これうまいな、ブルー寮の生徒っていつもこんなもん食ってんの?」
「多分な」
「でもさ、カイザーって前はもっと綺麗に食ってた気がするんだけど」
 十代の言う『前』とは、先程言っていた、一人だけの食事風景のことであろう。青年の頭がそう推測する。この学生寮独自の手の込んだ食事は目で楽しむことも考慮されていて、繊細な飾り付けや工夫を凝らした料理も少なくない。確かに、皿の上の小さな作品をむやみに取り壊すのは気が進まなかったことを思い出す。ならば今、自分の前に在るものは、かつて僅かながらも芸術性が窺えた料理とは異なるのだろうか。いいや、其処には学生時代と同じ性質を持ったものが存在している。ならば変化したのは料理の方ではない。
「お前の所為かもな」
 ぽそりと呟いて、青年はまたパスタを絡め取る。以前の丸藤亮にはない少々手荒な食べ方は、まさしく十代のそれに近かった。見た目の美しさ云々よりも食事という行為に重きを置いたテーブルマナー。だが直そうと考えたことは一度もなかった、と言うのも彼は十代に指摘されて初めて気付いたからだ。それは同時に、指摘してくるような相手が居なかったことを意味していた。正面で頬張る赤い制服の男を除いては。
 気付くことも気付かれることも、誰かと共に居なければ起こり得ない。
「俺の所為? 何でだよ」
「お前が入学してきて、何故かお前と居る時間が増えたからな」
「何だよそれ、つまり俺に似てきたってことか? じゃあ俺もカイザーに似てきた部分があるかもな」
 少しばかり大人びた目でそう口元を緩める十代の中には、彼が言うように、彼と過ごしてきた自分が映り込んでいるかもしれない。否、そう期待した。この食卓を離れてしまっても、自分との時間が十代の一部となり続ければいい。そんな風に記憶の内側から影響し合って、いつかまた食事をする時が来て、今日のような風景になればいいと亮は思った。ならば行儀の悪いテーブルマナーを正す必要がどこにあるだろうか? やっと自分のものとなった十代の一部を。畳む
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